2009年12月24日 (木)

母の墓参は続きます~私の中に父から繋がってきたもの・・・・

Santa 昨日は 母と二人 今年最後の八王子にある父の墓参りに行ってきました。兄と交代で 母のお供での墓参り・・・・今年も無事12ヶ月 12回終えることができました。ということは 我ら親子3人がそろってそこそこ健康な一年を過ごすことができたということです。

父は次男であったので、新たな墓地を準備しなければならなかったのですが、母の妹が生前に墓地を準備したのに影響され、この八王子の墓地は 父が亡くなる数年前に、たまたま広告で見かけた墓地見学会に出かけた際に 購入したものなのです。ですから、父は 生前、既に ここには数回 母と共に出かけてきているのです。そして 帰りには 二人で 八王子駅前にある鮨屋に入ったのだそうです。、そんなわけで 帰りには いつも その父との思い出の鮨屋に母と二人寄るようにしています。

お墓のそばにある あずまやで園内バスを待っているとき、

「このお墓の見学会に来た時、お父さん、競馬の馬券買っていてね、、ここで、腰かけて ラジオの競馬中継の放送なんか聴いていたのよ 」

母が ぽつりと話してくれました。

そういえば 父は競馬が好きで、 当時電話で馬券が購入できるという新システムに申し込むために わざわざ 自宅の電話番号を変えてまでもプッシュフォンに切り替えて、毎週末競馬を楽しんでいましたっけ・・・

兄も結構競馬が好きで、競馬攻略法のサイトを立ち上げていますし、私もどちらかというギャンブル的なことは好きなほうで・・・これは確かに父親譲りのようです。

野球は巨人・長嶋ファンで、 英会話が好きでよく自宅に外国人教師を派遣してもらったりしていました。超能力や催眠術、UFOに興味があって  サスペンス、推理ドラマが好きで・・・・・

思えば 私も 英会話のNOVAに通ったり、超能力や催眠術、UFO 宇宙にかなり興味がありますし、アガサクリスティーやコナンドイルなど探偵ものが大好きでしたし、サスペンスドラマは今もよく見ますし・・・・知らぬ間にしっかり父から引き継いでいたようです・・・

きっと 父は今も兄や私と共に 競馬や サスペンスドラマ楽しんでいるのかもしれません・・・・ 

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2009年12月23日 (水)

価値観~いつの間にかそれぞれの未来を分岐させるもののようですね・・・・・

Ill_xmastree12 最近 折にふれ 人は自分の抱いた”価値観”というものによって その歩むべき道が確実に分岐され、確実に未来が違っていくんだって思えます。

国語辞典によると
価値観 【かちかん】
   いかなること,いかなる物にいかなる価値をおくかという個人個人の評価的判断。

価値観
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
価値観(かちかん)とは、何が大事で何が大事でないかという判断、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系のこと。

と記されています。
自分の価値観を探るための質問というのがあるようです。頭の中で答えるのではなく、紙に書き出してみるほうがより鮮明になってくるとのことです。

(1)「あなたは、どんな時に心からの満足感や喜びを感じますか?」
(2)「あなたが、子どもの頃からワクワクしてきたのは、どんなことで
   すか?」
(3)「あなたは、10年後どんな人になっていたいですか?」
(4)「あなたが充実した人生を送るために、これだけは実現したい!と
   思うことは何ですか?」
(5)「失うと生きる気力がなくなってしまうものは何ですか?」
(6)「もしもお金の心配がまったくなかったら、どんなことをしたいで
   すか?」
(7)「どんな人を尊敬していますか?また、その人のどんなところを尊
   敬していますか?」
(8)「あなたが亡くなった後に、誰に何を残したいですか?」

そして、最後に、非常に強力な質問です。
(★)「もしもあなたの人生が、残り3日間しかなかったら、この3日間
   何をしますか?」暇なとき

新しい年を迎えるにあたって じっくりと自分の価値観を見つめて どのような未来へ向かおうとしているのか立ち止まってみるのも よいかもしれませんね。

今まで歩んできた人生の中で 幾度となく 価値観が恐ろしいくらい重ならない人々と出会ってきたのも事実ですよね。どちらが上とか良いとかではなくて 何かが明らかに異なるということ・・・・

改めて 人間て 奥深く 複雑なものなのだと思います・・・・

    価値観のすれ異ふ日の新茶かな 

今から 37年くらい前の父の句です。父は一体誰とふとした瞬間、価値観の相違を感じたのでしょう?・・・・母だったのかな?・・・・どんなことだったのかな? 今となっては全くの謎なのですが・・・・

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2009年12月22日 (火)

PTA・モンスターペアレント~親や教師が敵対することの愚かさ・・・・

Ico_danro3 昨日は 午前中は 出張で訪日していたモンゴルのNGOの仲間Nさんが帰国するので、お土産やNGO関連の打ち合わせを兼ねて、見送りに出かけ、夕方からは 娘の中学時代のPTAの仲良しトリオと校長先生、PTA会長そろっての忘年会でした。

PTA活動していたのは今からもう20年以上も前のことですから、校長先生は50歳そこそこ、会長や私たちも 40歳そこそこ・・・・・今から思うとずいぶん若かったなーと思います。

最近、教師のスキャンダルや モンスターペアレントなどとネーミングされた非常識な親の登場、など 多少マスコミの行きすぎとも思われるところもありますが、バッシングされ続けている教育現場を見るにつけ、胸が痛みます。 一国の未来にとって 最も重要な教育の場(学校と家庭)が 何かとても おかしくなっている・・・・日本独特の 和 というもの 和・・・輪?・・・丸い・・・・円・・・・円満・・・・ 多数が何となく心地よいものを得る空間・・・・決して知識ではなく 長い間培われてきていたもっと素朴な個のモラルの高さ と全体のバランスが微妙にうまく釣り合ってきたものが どこか狂い始めてしまっているようです。

昨晩は 20年以上もの間ずっと 当時の校長先生やPTA会長とともに 途絶えることなく楽しく 親しく息の長いお付き合いができていることに改めて一種の感動を覚えました。そして 今振り返ると、私たちの間には 多感な中学生の子供たちを中心にさまざまな問題が次々起きてはいたのですが、彼らにとって人生たった一度の中学生時代なのだから少しでも良い思い出を残してあげたい・・・・暗黙のうちにそんな思いで結束し、試行錯誤を繰り返しながら 全力で立ち向かって、なんとか乗り切ることができた!そんな達成感に似たものが確かにあるのです・・・ともに闘った同士 という感じですかね・・・そう、一生離れがたい同士なのですね・・・

親と教師の関係が敵対、依存していては決して何も解決しないでしょう。そして そこからは、何も生み出さないでしょう・・・なんとか 情熱をもった同士 といった関係になっていけるように、マスコミも あまりその敵対ばかりを煽りすぎないことも必要な気がします。もっともっと建設的な何かが育つようなことを模索していくことに力を入れてほしいものです。

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ソロンゴのプチハッピー
兄の長女(私の姪)のところの家族写真が送られてきて 10月に生まれたR君がすごくかわいらしいこと 姪一家がほのぼのとした家族らしい家族になっていくこと

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2009年12月20日 (日)

日本の民衆の中に今も存在してほしい~素朴な中の崇高さ

COP15】 閉幕、コペンハーゲン協定「留意」の決議を採択
2009.12.19 23:34
【コペンハーゲン=粂博之】2013年以降の地球温暖化対策の国際的な枠組み(ポスト京都議定書)を話し合う国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は19日、閉幕した。
デンマーク・コペンハーゲンで行われたCOP15首脳級会合で、演説した各国の首脳たち。危機意識は共有しながらも、先進国、新興国、途上国が入り乱れて、地球益よりも国益を優先させた=18日(ロイター)
 

こんなニュースが 盛んに流れていますね・・・

人類にとって 各国の国益と地球益の重みが 目をつぶってでも逆転するためには あとどれくらい普通の人々の悲しみを必要とするのでしょうね・・・・

Ico_tubame1Nikkei BPne 田中秀征の一言啓上
「しがらみのない政治家」よりさらに上の政治家の姿とは」 
2008年4月17日  田中 秀征=福山大学教授) の中に こんなことが書かれていました
私が初当選したころだからもう20数年も前のこと。私の議員会館の事務所に、地元の養蚕組合の役員が10人ほど陳情に訪れた。

既にそのころ、タイなどの安い生糸に押されて、日本の養蚕業は風前の灯であった。かつて養蚕王国と言われた信州でも、山間過疎地の一部に少数の養蚕農家を残すだけになっていた。しかも従事する人のほとんどが高齢者であった

陳情内容は、基準繭(まゆ)価を上げてくれということであった。

陳情書は立派に印刷されたもの。おそらくその陳情も、当時の農林省や蚕糸事業団が裏から全国の養蚕組合に働きかけたのだろう。陳情団は簡単に口頭で陳情の趣旨を話し、わざわざ起立して私に陳情書を手渡した。

陳情後に電話、「先生は動かないでください」
その人たちが帰って30分もしないうちに、私が生涯忘れることのできない“事件”が起きた。

さっきの人から電話だと言うので出ると、その人は、陳情団の中で唯一表立って私を支援してくれた人であった。

「陳情に行って、すぐあとでこんなことを言うのははばかられますが」

か細い声で、なかなか切り出せないでいる。私は何が起きたのか心配になった。

「思い切って申し上げます。先ほどの陳情の件では、先生は動かないでいただきたいのです。陳情書を受け取っていただいただけでありがたいですから」
とっさには意味が分からなかったので、確認すると、こうである。

「お茶をいただいて出てから、みんなが『あの先生にはこんなわずらわしいことをさせたくない。それより国全体のことに取り組んでもらいたい。お前そう電話してくれ』というものですから。いくらなんでもと思って時間がたってしまいました」

そしてこうもつけ加えた。

「御時世だから仕方ないですよ。私どもは養蚕が国を担った時代があったという誇りだけで十分生きていけます」

地域エゴの塊と思われがちな地域に、一段格上の有権者が居る
何ということだ。意味が分かるにつれ私は感極まってきた。電話の一言一言を、今でも鮮明に覚えている。それほど衝撃が大きかったのだ

       ・
       ・
       ・


(以上記事より抜粋)

私は 人類が 今まで滅びずに生き延びてくることができたのは 最終的には こうした 片田舎の 決していわゆる高学歴・エリートではない ごくごく普通の人々の中の 素朴な真の心根の中のここまで崇高な何かが確実に存在しているということ そして それこそが 真の危機的状態に陥ったときには 猛烈な勢いで 吹き出し大きな結晶となって 体当たりで 危機を吹き飛ばしてくれたのではないかと信じたいのです。そして これからも そうあってほしいと願わずにいられません・・・・

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2009年12月19日 (土)

表彰状~自己改革の証しかな?

Photo_2 みなさんは 自分の性格を意識的に変革してみたいと思ったり、その努力されたことがありますか?

私自身 決して出たがりであったり 目立ちたがり屋ではないように思うのですが、いつの頃からか人前で自分の正直な想いや意見をきっぱり発表できるようになってきたように思います。

小学生の頃の いわゆる通信簿というものには常に

おとなしすぎる。 発表力がない。わかっているようだが、手をあげて発言できない。

こう書かれていました。自分でも人前で何かをすることが 本当に苦手で、音楽の歌のテストの前などは 異常に緊張して、蚊の鳴くような小さな声で 顔を真っ赤にしてやっと歌ったのを今でも、鮮明に覚えています。

きっと、カラオケで歌いまくる今の私をご存知の方は 嘘!! 信じられない!! っておっしゃると思いますが・・・・・

小学生の高学年の頃 音楽の歌のテストを前にして、なぜか突然 神のお告げのように とにかく 思いっきり大声で歌ってみよう!!心の中で強くこう思ったのです。そして 崖から飛び降りるような覚悟で できる限り 大きな声を出してみました・・・・・思えばその日から、がらりと何かが変わったように思います。

人前で 大きな声が出せるという自信が さらには 自分自身の意見を人前で伝える ということにつながり、さらには その意見が 結構人々に支持され、喜ばれたりすることがあると、さらに 自信につながっていったのだと思います・・・・

もうひとつ 私が大きく自己改革しなくては!と強く思ったことがあります。

精一杯努力できること・・・

これはかなりかなり大人になるまでうまくいかなかったように思います。そして、今も 思い続けています。たぶん 一生の課題だと思っています。

大人になるまで、ひらめき で何とかそこそこ乗り切ってこれたことと、生来怠け者のせいで、かえって努力の人を 努力してもそこまでしかできないの?  といった 若干馬鹿にしたような生意気な 勘違いも甚だしいところがありましたね・・・・しかも 若干飽きっぽくて 部活も 一つのものが長続きしなくて 高校、大学と 各学年ごとに転部していたように思います。

ある日 少しだけ ひらめきが評価されたって 先生に揉められたって結局何にもならないんだ、 粘り強く持続できること と ひらめきを本当にいい形で生かすためには真の努力家にならなくては 何の役にも立てないんだ って 自分のあまりにも中途半端なことがすごく情けなくなったのです・・・・その日から 努力の人への道・・・自己改革への道が始まり・・・今もその途中にあります。

昨日 この15年間のNGO活動、ハワリンバヤル開催と在日モンゴル留学生の皆さんへのサポートに関してモンゴル国教育文化科学省から表彰状をいただきました。

私の 自己改革が少しずつ成果をあげていることの証しなんだって 素直にうれしかったです。人って少しずつでもちゃんと変わっていけるものなのですね・・・
そして この表彰状は 心の底から信頼し合って 志を共有できる仲間に巡り合うことができたこと そしてその仲間と共に地道に着実に15年間歩んで来たことが少しだけ社会的に認められたということの証しであることが何より嬉しいです。

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2009年12月17日 (木)

クリスマス豆知識~サンタクロースって?

Ill_xmastree11a ここ連日 寒い日が続きますね。

もうすぐ クリスマスです。我が家は クリスチャンでもないので、私が幼い頃はクリスマスを祝う習慣はなかったようです。ただ、お隣のY子ちゃんの家がクリスチャンだったのか 一度 クリスマスイヴに招待されて ターキーや焼きりんごなど 当時では とても珍しいお料理を初めてご馳走になった日のことは今でも鮮明に記憶しています。

中学生くらいになってからは、何となく意識し始めて、組み立て式のミニクリスマスツリーを買ってもらって飾ったように記憶しています。当時 ファンだったパットブーンの ”ホワイトクリスマス”がなんとも素敵で、一生懸命覚えたせいか、50年近くたった今もちゃんと歌えるのが嬉しいです。

ふと、クリスマスやサンタクロースについて、あまりよく知らなかったように思いますので、ちょこっと調べてみました。


クリスマス(英語: Christmas, Χmas,ギリシア語: Χριστο?γεννα,フランス語: Noel)とは、イエス・キリストの降誕(誕生)を祝うキリスト教の記念日・祭日である。「神が人間として産まれてきたこと」を祝うことが本質である。12月25日がこれに当たるが、キリスト教に先立つユダヤ教の暦では日没を一日の境目としているので12月24日夕刻から朝までをクリスマス・イヴとして祝う。ムスリムも、主要な預言者イーサ(イエス)の生誕として、クリスマスを祝う。

Ico_santa_p サンタクロース
4世紀頃の東ローマ帝国小アジアの司教(主教)、キリスト教の教父聖ニコラオス(ニコラウス)の伝説が起源である。

「ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの出来ない家の存在を知った。ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、屋根の上にある煙突から金貨を投げ入れる。このとき暖炉には靴下が下げられて いたため、金貨は靴下の中に入っていたという。この金貨のおかげで娘の身売りを避けられた」という逸話が残されている。靴下の中にプレゼントを入れる風習も、ここから来ているといわれている。

また、ニコラオスは学問の守護聖人として崇められており、アリウス異端と戦った偉大な教父でもあった。教会では聖人として列聖されているため、「聖(セント)ニコラオス」という呼称が使われる。これをオランダ語にすると「シンタクラース」である。オランダでは14世紀頃から聖ニコラウスの命日の12月6日を「シンタクラース祭」として祝う慣習があった。その後、17世紀アメリカに植民したオランダ人が「サンタクロース」と伝え、サンタクロースの語源になったようだ。

サンタクロース(シンタクラース)の服装はキリスト教の司祭服に由来する。

日本のクリスマス
1552年(天文21年)に周防国山口(現在の山口県山口市)において宣教師コメス・デ・トルレスたちが日本人信徒を招いて降誕祭のミサを行ったのが日本で初めてのクリスマスである。しかし、その後江戸時代に幕府がキリスト教を徹底的に弾圧したことから、明治の初めまでまったく受け入れられることはなかった。

日本でクリスマスが受け入れられたのは、1900年(明治33年)に明治屋が銀座に進出し、その頃からクリスマス商戦が始まったことが大きな契機であった。

1928年(昭和3年)の朝日新聞には「クリスマスは今や日本の年中行事となり、サンタクロースは立派に日本の子供のものに」と書かれるまでに普及していた

現代の日本では新婚カップルの実に64%(2008年リクルート調査)が十字架の前で永遠の愛を誓うようになり、クリスマスは年中行事として定着した。

街中では街路樹に豆電球(近年は省エネに配慮してLED照明)が飾り付けられる(イルミネーション)。

イギリスおよびイギリス連邦諸国では12月26日に使用人や配達人などにプレゼントを渡すボクシング・デーがある。1月6日までをクリスマス期間ともしているのに対して、日本では12月25日を過ぎるとクリスマスの飾りが一転して門松などの正月飾り(日本の神道式)に付け替えられたり、小売店などでも正月準備用や大掃除用商品の陳列・販売が中心となる

Ico_heart キリスト教圏では、クリスマスには主に家族と過ごし、クリスマスツリー(常緑樹で、一般にモミの木)の下にプレゼントを置き、プレゼントを贈る気持ちである「愛」の日でもあるようです。また、クリスマスの飾り付けなどの習慣は、もともと太陽神崇拝などキリスト教以前の宗教に由来しており、聖書に由来するものではないとのことです。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

そんなわけで、我が家でも クリスマスイヴは 家族互いの ”感謝の日” ”愛の日” として 心をこめて祝うことにしましょう。

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2009年12月16日 (水)

虹色の夢 名言集(徒然編NO3)

Mado_f4 この2日間 一日中家で過ごしました。NGOの忘年会のブログアップ(写真選びと 加工に結構時間がかかるのですよね・・・)や あと溜まっていた洗濯をして、年賀状印刷にもとりかかったり・・・・



さてさて久しぶり 名言集 を 紐解いてみました。

 人生で犯しがちな最大の誤りは、誤りを犯さないかと絶えず恐れることだ                                  (作家: Elbert Green Hubbard)

* 父親が子どもたちのためにできることで一番重要なことは、
      子どもたちの母親を愛することである。(米哲学者: セオドア・ヘスバーグ)


 友人の苦難に同情することは誰にでもできるが
      友人の成功に同感するには、たいへんすぐれた性質が必要だ。
                                   (英劇作家: Oscar Wilde)

 人間にとって最も大切な努力は、自分の行動の中に道徳を追求していくことです。
                                   (Albert Einstein)

 人と人との友情は、賢者でも結ぶのが難しいのに、愚者はあっさりほどいてしまう       
                                   (Shakespeare)     

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