時の流れの中で繋がっていくもの(円覚寺)
みなさんは 鎌倉の 円覚寺というお寺をごぞんじですか?
若い頃から 何となく 鎌倉を散策するのが好きで 何度となく訪れているのですが、そのたびに 決まったように まずは 北鎌倉の駅に降り立って そこから徒歩1分という 円覚寺を訪れるのですが。
円覚寺
1282年(弘安5年)、鎌倉時代後半北条時宗が中国より無学祖元禅師を招いて創建されました。時宗公は18歳で執権職につき、不安な武家政治の中で心の支えとして、無学祖元禅師を師として深く禅宗に帰依されていました。時宗公は禅を弘めたいという願いと蒙古襲来による殉死者を(敵味方区別なく、冤親平等に)弔うために円覚寺建立を発願されました。(円覚寺公式サイトより)
いつもは このような 歴史的な背景を熟知してのお参りではなく、ただなんとなく鎌倉散策の一貫といった感じでした。
ところが数年前 活動中のNGOのモンゴルの仲間T氏が来日したときのことでした。モンゴルには海がないせいでしょうか、どうしても 海を見たい ということになり 急遽 鎌倉へ行くことになったのです。その日は ちょうど 11月3日 文化の日、休日のせいか ものすごい人出でした。いつものように 北鎌倉の駅で 下車 円覚寺へ向かいました。それにしても ものすごい人の数!! 何か変!
知らなかったのですが、なんと その日は 年に数日という ”宝物風入”の日にあたり、普段は立ち入りの許されない、「正続院」の門の内に入り、「国宝 舎利殿」の正面近くまでお参りする事が出来る日でもあったのです。なんという奇遇なのでしょう!!ここには 元寇(現在のモンゴルの軍が日本に来襲した事件)での両国の殉死者がともに弔われていたのです。つまり、今から720年あまり昔、悲しい運命のいたずらで敵対して戦わなければならず、そのために命を落とさなければならなかったモンゴル人T氏の祖先と私たち日本人の祖先が共に弔われていたのです。
「720年あまりの時の流れを経て 今 こうして 私たちは モンゴルの森林再生や新しい国づくりのために 国境を越えて かけがえのない同志として共に歩んでいます。安らかにお眠りください。」
私たちは 心の中で こう唱えながら 合掌しました・・・・
そしてその日から 私にとって 円覚寺は 特別なお寺となりました。
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