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2008年11月に作成された記事

2008年11月30日 (日)

 PYGMALION (ピグマリオン)って素晴らしい!

Icon_rose03 みなさんは PYGMALION (ピグマリオン)ってご存知ですか?

昨日は またまた大学時代の友人Sさんから機会を与えていただいてCHANEL PYGMALION DAYS CLASSICAL CONCERT(シャネル ピグマリオン・デイズ・クラシックコンサート  銀座シャネルビルの シャネルネクサスホールにて)へ出かけてきました。

シャネルのサイトのコンサートのコンセプト紹介には次のように書かれています。

CHANEL PYGMALION DAYS CLASSICAL CONCERT
シャネル ピグマリオン・デイズ・クラシックコンサート

シャネルの創始者であるガブリエル シャネルは「ピグマリオンだった」と言われており、無名時代のパブロ ピカソ、イゴール ストラヴィンスキー、レイモン ラディゲ、ルキノ ヴィスコンティ、ジャン コクトーらを支援しました。

「Pygmalion(ピグマリオン)」という言葉はギリシャ神話から語源がきていますが、才能を信じ、支援して、開花させる人という意味があります。

「CHANEL Pygmalion Days」は、このスピリットにもとづき、シャネル・ネクサス・ホールにて若手のアーティストに演奏する機会を提供するプログラムで、2005年のスタート以来、皆様のご理解とご愛顧のもと若手音楽家たちを育てるプロジェクトとして少しずつ確立されてまいりました。

2008年はピアニスト2人、ヴァイオリニスト2人、ソプラノ1人、バリトン1人の若手音楽家を支援してまいります。今はまだ発展途中の若い彼らがコンサートを重ねるごとに成長を遂げていく軌跡を見守り、芸術を極めていく過程を体感していただければ幸いに存じます。
また、これまでのPygmalion Daysの参加アーティストによるコンサートの予定もございます。併せて皆様のご来場をお待ち申し上げます。


「Pygmalion(ピグマリオン)」という言葉はギリシャ神話から語源がきていますが、才能を信じ、支援して、開花させる人

この世には 素晴らしい才能を持って生まれる人たちが数多くいます。その才能は測り知れぬ多くの人々の人生に影響をあたえ、さらに次の新たな才能の開花につながっていく・・・ただ、その陰に まだ輝かぬ原石のままの才能を見出し信じる確かな目が必ずあるのですね・・・・・ 才能 夢 開花・・・・Pygmalion(ピグマリオン)・・・ 今日のコンサートは 人間だけに与えられたこの素晴らしいつながりをしみじみ噛みしめることができました。

今日のアーティストは
マチネ(昼の部)  松本愛さん(ピアノ)
ソワレ(夕の部)  佐藤篤子さん(ソプラノ)
お二人とも 今後より華やかな大輪に開花していく 未来への大きな夢へつながる素晴らしい才能の持ち主でした。これからも楽しみに見守っていきたいなあと思います。

そして 「CHANEL Pygmalion Days」は実にすばらしいプロジェクトだと思います。 

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2008年11月29日 (土)

笑顔っていいですね!

Konizimura 先日 娘と ちょこっとした会話をした際 彼女が見せてくれた さりげない笑顔が とても かわいらしくて、素敵で、感じがよくて ドキッとしてしまいました。すごく親ばかのようですが、 いつのまにか こんなに 素敵な笑顔の持ち主になっていてくれたんだ・・・・なにより嬉しかったですね・・・

思えば 私の友人たちは 本当に良く笑う人が多いです。笑顔の絶えない人たちばかりです。

ずっと以前、嘘のようなホントの話なのですが、 同じマンションに住んでいて毎日のようにおしゃべりしていた友人Mさんがいました。ある日、別々に出かけ、駅のホームで偶然 お互い見かけたのですが、日常的に あまりに笑顔つまり白い歯が見えた顔の印象しかなかったので、 ホームーで見かけた普通の顔(白い歯が見えていない顔)をお互いに見たとき、すぐに本人と認めていいのか ちょっと自信が持てなくて しばらくじっと見つめ合ってしまってすぐに声をかけられなかったことがありました。

「いつも笑った顔しか見ていなかったから なんか別の人のようにも思えちゃって・・・・」

これが お互いの第一声でした。

男性は 笑顔の中にどこか少年のようななにかを感じさせてくれる人が素敵かな(笑)

こんなサイトを見つけました。世界の国々の笑顔にいっぱい会えますよ!
笑顔に魅せられて
http://www.k-egao.org/index.html

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2008年11月28日 (金)

女性リーダーの可能性

Ico_crayon2リーダーの資質で必要なことってなんでしょう?、1つは仕事をきちんとやり遂げるスキルが高いことでしょうか。もう1つは これこそが最も肝心だと思えるのですが、人々に「その人についていきたい」と思わせ、「その人とともに何かを成し遂げたい!」という意欲を起こさせる魅力ある個性の持ち主であることではないかと思います。 

意欲を起こさせることにかけては 優しい母親が子供に自然にやる気を起こさせることができるように 女性のほうが生来身についていて得意な分野かもしれません。ダイエーの林文子副会長は、全国の支店を1つ残らず回って、パートの人の仕事の重要さや、いかに感謝しているかを伝えたそうです。その結果勤続何十年もの人たちがとても感激して、やる気になっていったということです。人は自分のやっていることに価値を感じた時、大きな力を発揮できるのです。そんな意味で、多くの女性がリーダーとなることによって変革できる可能性はさらに大きくなるのではないかと思えます。

世界では 近年、ドイツのメルケル首相、ジャマイカのシンプソン・ミラー首相、韓国の韓明淑(ハン・ミョンスク)首相など続々登場していますね。ただ、残念ながら、現状の日本では 男女格差が改善どころかますます増大しているようです。

日本、男女格差改善せず  08年版世界男女格差報告
 【ジュネーブ11月12日共同】ダボス会議で知られるスイスのシンクタンク「世界経済フォーラム」は12日、女性の社会的地位の改善状況を順位付けした2008年版の「世界男女格差報告」を発表した。首位はノルウェー、2位がフィンランド、3位がスウェーデンと北欧諸国が上位を独占。日本は前年の91位から98位へ後退した。

 給与水準や高等教育を受ける機会、政治参加、平均余命などの男女格差を数値化して世界130カ国を比較した。

 日本は平均余命などを反映した「健康と寿命」の指数が38位と比較的上位にランクされたが、政治分野は107位、経済分野は102位、教育分野も82位にとどまり、全体順位は主要先進国の間で最低だった。

 主要国ではドイツ(11位)、英国(13位)、フランス(15位)など欧州勢が上位にランクされた。米国は男女の所得格差の縮小が評価され31位から27位に上昇。ロシアは42位、中国は57位だった。

ちなみに上位10位は以下の通り。

1位・ノルウェー
2位・フィンランド
3位・スウェーデン
4位・アイスランド
5位・ニュージーランド
6位・フィリピン
7位・デンマーク
8位・アイルランド
9位・オランダ
10位・ラトビア


ランキング上位の北欧諸国もかつては「男は仕事、女は家庭」の社会だったとのことです。これらの国ではまず保障やサポート制度を整え、女性の社会進出を積極的にすすめていって、男女平等な社会を実現させていったようです、日本がこれら北欧諸国に学ぶことは多いと思えます。とにかく、まず女性リーダーが無理なく自然に生まれるような環境を整備することが大事なのだと思います。まだまだ遠い道のりのようですが7・・・・

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2008年11月27日 (木)

究極の孤独の中で~ヘンリー・ダーガー

05072102s 1973年、ひとりの老人がひっそりとその生涯を閉じました。彼の部屋には15000ページを超える世界最長の小説と数百枚に及ぶその挿絵が残されていたのです。その小説のタイトルは

「非現実の王国で」

子どもたちを奴隷として虐待している男たちの王国で自由のために立ち上がった7人の少女たち「ヴィヴィアン・ガールズ」の活躍を描いています。残酷な虐待シーン、両性具有の少女の登場・・・作品そのものはある意味でアブノーマルな世界そのもの・・・

この老人はヘンリー・ダーガー。彼は1892年にアメリカ、シカゴに生まれました。彼の母は、妹の出産時亡くなり、妹は里子に出され、体の不自由な父親には養育できないということで、彼は施設に入れられるのです。彼は誰とも口をきかない日も多く、一体何を考えているのか、判断出来ないまま 次の施設へと送られます。そこはシカゴ郊外の精神に支障を来たした子どもたちの収容施設でした。彼の精神状態は明確にもかかわらず・・・。

17歳のとき 彼は施設を脱走します。その後、写真家ネイサン・ラーナー所有のアパートの一室で暮らし始めます。親類も友達もなく、掃除夫として働いた病院と教会のミサに通うだけの孤独な毎日でした。

このような彼のすさまじいほどの孤独感を打ち消して、生きていくためのエネルギーに変えることができたもの、それが 架空の世界を創り上げ、その中で生きていくことだったのでしょう。・・・・彼の脳の中で創り上げた非現実の王国・・・彼は60年もの間、人知れず たった一人でその王国を創り続けていたのです。ほんとうに想像を絶する世界が展開されていたのですね・・・・・究極の孤独な中で・・・・

彼の精神は ある意味で この世を去る81歳まで 子供のままだったのかもしれませんね。子供のまま 生涯 王国つくりごっご を遊び続けたのかもしれません・・・・それが彼のこの世で生きていける唯一の選択肢だったのでしょう。

生前の彼には30数年後、自分の生きた世界(描いた王国)が 多くの人々の目に触れるとは想像もできなかったでしょうね・・・・・・・

http://jp.youtube.com/watch?v=y_cIjMLCAuU

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2008年11月26日 (水)

創意工夫というもの

Ico_fuyu1_s 先日 ブログでも書きましたが、友人たちと 60年の人生の中で 一番心地よかった時代っていつだろう?という話になったとき それは60年代、家族団欒、狭い居間に家族が肩を寄せ合って生きていた時代でした。こんなことを考えるのは 私たちの世代だけかなと思っていましたら、SMAPの仲居正弘さんが こんなことを言っていました。

「自分が 子供のころは 結構、家が狭くって テレビも1台だったし、なんか家族の間でいやなことがあっても、逃げ場がないから 我慢したり、気持ちを切り替えたり、してなんとか乗り切っていたように思うし、今思うとそれは自分にとって良かったと思えるな。今は、それぞれが部屋が与えられて、携帯もって、テレビなんかもあって、いやだったら、さっさと簡単に逃げちゃえるんですよね・・・・それが問題かも」 

そうですね、まずは家庭の中から 知らず知らずのうちに人間関係の大変さやスムーズに保つ方法などを学習できていたわけですよね。

十数年前 日本の若者を連れて モンゴルの農場で ゲル(円形の移動式のテントのようなもの)で3,4日合宿したことがありますが、もちろん シャワーやお風呂はありません。調理する場も 水道などはないですから わずかな汲み置きの水ですべてを済ませなければならないわけです。トイレも一苦労でした。夜には 防寒具をまとい、真っ暗闇の中 トイレットペーパー持参で 懐中電灯で照らしながら行かなければならないのですから。日本では地震などの被災地やサバイバルキャンプ以外では そんな状態を経験することはなかなかないのですが、その時 私は 人というものは不便さの中で少しでも快適に乗り切るために いろいろ創意工夫するものだなー そして 助け合うものなのだなあ と感心しました。少しでも節水するために 使用したお皿の汚れは紙で拭いたり、追加の水汲みなどの力仕事は男子がかってでたり、毎日の食事の準備が効率よくできるように 食料を 朝昼晩と きちんと仕分けしたり・・・・とにかく みなよく動いていました。

今では モンゴルもどんどん便利になり私たちの合宿も 宿泊施設が建ち、文化的になりましたが 私自身にとっても ゲルでのあの合宿はとてもよい体験になりました。

親というものは 少しでも苦労かけないように 楽させるのが子供の幸せと考えがちだと思いますが、そのことが いかに 子供自身の貴重な創意工夫のチャンスを奪ってしまっているのかということをもう一度省みるとよいかもしれませんね。

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2008年11月25日 (火)

グリムスのマイページの苗木がそろって大人の樹に!

グリムスのマイページの仲間の木が6本そろって 大人の樹に成長しました!!

081125s

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ある絶望の後に・・・

Ico_guitar1 たぶん 皆さんの多くは 次の歌をご存じだと思います。

男はつらいよ (渥美清)  アンコ椿は恋の花(都はるみ)
三百六十五歩のマーチ(水前寺清子)  函館の女(北島三郎)


これらの曲を作詞したのは 作詞家星野哲郎さんです。現在 日本作詞家協会会長

もし、 星野哲郎さんが 作詞家にならずに これらの作詞をなさらなかったなら これらの曲はこの世に生まれていなかったのですよね。

星野哲郎さんが 作詞をしてみるきっかけになったのは 1953年雑誌の懸賞に応募して入選したことだったそうです。

なぜ 懸賞に応募してみたのかというと、3年間にも及ぶ闘病生活を送らなければならなかったため、少しでも家族の生活の助けになればという思いからでした。

星野哲郎さんは 官立清水高等商船学校(現・東京海洋大学)卒業。翌年、日魯漁業(現・ニチロ)に入社、希望に満ちて遠洋漁業の乗組員として働いていました。ところが就職して数年後、病気のために船を下りざるを得なくなるのです。しかも 数年にもおよぶ闘病生活を送らなければならなくなってしまったのです。

少年のころから憧れ続け、努力を重ねて、やっと海洋で生きていく道がスタートしたとたん 絶望のどん底へ突き落とされてしまったのです。

この絶望 が 存在したから 日本の昭和史を飾る 上記の名曲が生まれたのですよね。特に 「男はつらいよ」という曲は 映画の中の フーテンの寅さんと共に 多くの人々の記憶の中に生き続けることになるのでしょう。

ある人の絶望 は その後の 素晴らしい何かの誕生の兆しでもあるのですね
人の世は捨てたもんじゃないですね。

最近のニュースでは 小室哲哉さんの栄光と没落・・・・このことの意味するものは? 彼の心のあり方次第では 新たな素晴らしい何かの誕生につながるかもしれません・・・ 人々を真に感動させることのできる新たな曲の誕生が待っているかもしれません・・・  

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2008年11月24日 (月)

相田みつをさんのことば

Ico_momiji 今から 8年くらい前でしょうか、 またまた 夜更かしをして真夜中に テレビをつけながら、パソコンで作業をしていた時だと思います。 テレビ画面 いっぱいに 大きく味わいのある文字で

  うばい合えば
   足らぬ
  わけ合えば
   あまる

こんな言葉が 映し出されました。
これは? これって 共存 じゃない?

そこからは 例の如く テレビに釘付けです。
次に 初老の 少し髪の毛の後退気味の 穏やかな 書家の方が映し出されました。
そこで、また、また私は息を呑んだのです   

亡くなった父によく似ている!

その方は 相田みつを さんという 詩人であり書家でした。
そんなわけで 相田みつをさんにとても興味をもった私はその後多くの作品を見るようになりました。

    しあわせは       そんとくが         いいことは
    いつも         人間のものさし      おかげさま
   じぶんの        うそか            わるいことは
   こころが        まことか            身から
    きめる        佛さまの           出たさび
                ものさし


            花を支える枝             かんのんさまが
           枝を支える幹              みている
           幹を支える 根            ほとけさまが
             根はみえねんだ           みている
             なあ                 みんなみている
                                 ちゃんと
                                   みている

      
      土 水            なんにも欲しが      背のびする
       空気           らぬときが         わたし
     にんげんのつくった     一番強い         卑下する
     ものじゃねんだよ                     じぶん
     なあ                            どっちも
                                     いやだな



そして 阪神大震災の時 多くの人々が この言葉で元気づけられたそうです。
実に単純明快!!! でもとても奥深いさまざまな想いを吸い込む言葉ではありませんか?!

                 いまから
                   ここから   



   

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2008年11月23日 (日)

人の縁って素敵!

Rimg0181_2 昨日は モンゴルより訪日中の M学校の校長先生とT先生お二人と秋晴れの一日 新宿御苑でのんびりと 過ごしました。お二人は 連日 東京~高知~岡山 とバス移動での強行軍でかなりお疲れのようでしたが、昨日は スケジュールに追われず 緑いっぱいの中でのんびりと疲労回復できたととても喜んでおられました。

M学校の校長先生は 環境教育にとても熱心な方で、最近ではマスコミにもたびたび登場されていて、社会的にもその発言はかなり影響力のある方です。私たちのNGOとは縁あって2005年より環境教育のさまざまな分野のプロジェクトをともに進めています。

私は 1996年より毎年モンゴルを訪れていますが、首都ウランバートルの変貌ぶりには、これでもかというほど人間の弱さ、悲しさ 醜さを思い知らされます。経済発展段階の人間社会では避けることができない道だとわかってはいるのですが、金、かね 金 すべて金儲け中心に回っていって、最終的に 最も人間の肉体と精神に大きな影響をもたらす 環境 の大切さをおろそかにしてしkまう・・・・・お金で、箱ものばかりを豪華にし続け 美しい空気 水 緑 をどんどん汚し、破壊していってしまう・・・ 今、ウランバートルは まっしぐらにこの道を歩み続けています。

日本はもともと四季のある美しい緑あふれる国であったせいでしょう。おのずとその心地よさを失いたくないという人々の思いがどこかで働いて 都市化を進める際にも、 その開発でl緑が破壊されるなか、それを補うための公園(緑の空間)を造成してきました。ですから、東京には 想像以上の 大小の緑化公園が点在しています。私たちは どれだけ これら生活の一部となって点在している緑化公園に癒されていることか・・・・

今、まさにモンゴルの首都ウランバートルの人々には この緑化公園が必要なのです。ただ、残念なことに、モンゴルでは 木々に囲まれた緑あふれる中で過ごす心地よさを味わえることができなかったため、日本のようにそれを積極的に補うための緑化公園の造成が自然発生的に行われず、逆に限りなく無視され続け、どんどん劣悪化し続けているのが現状なのです。

私は モンゴルを訪れるたびに 現況のウランバートルはあまりにも息苦しすぎて異常であるか、緑化地帯の造成が重要かを 訴えてはみるのですが、ほとんど説得力をもたないような気がしています。その有効手段はただひとつ 都会の中のまるでオアシスのようなどんなにささやかでも緑あふれる空間で過ごす心地よさを味わったモンゴルの人々が増え、彼らが心の底から欲しなければ始まらない・・

Rimg0170 そんな意味で、今回初めて来日された社会的にも大きな影響力をお持ちになるM学校校長が新宿御苑で 一日じっくりと体験された ”心地よさ”は 測り知れぬ 説得力を持ったに違いないと確信できます。

 ”百分一見にしかず” ですね

ぽつりとこうおっしゃった時の校長先生のお顔が とても印象的でした。

縁あって この校長先生と出会い、子供たちへの環境教育をともにすすめ、そして、今回の訪日、 新宿御苑での一日・・・・ 、縁の導いたこの一日のなにかが 未来のどこかできっと花開く様な嬉しい予感がします。 きっと素晴らしい何かに繋がっていく・・・・

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2008年11月22日 (土)

楽天・岩隈久志投手の社会貢献活動の広がりに期待!

Ico_ochiba2 岩隈、マー君に魂つなぐ 社会貢献活動の輪広げる
                ~ゴールデンスピリット賞表彰式

プロ野球人の社会貢献活動を表彰する報知新聞社制定「第10回ゴールデンスピリット賞」の表彰式が20日、東京・丸の内のパレスホテルで行われた。タイに子供用の図書館を建設するなど、多彩な社会貢献活動が評価されて受賞した楽天・岩隈久志投手(27)は、今後は「チーム・イワクマ」として、自身だけでなく、田中将大投手(20)ら後輩の先頭に立ち、楽天、そして球界に社会貢献の魂を継承していく考えを明かした


 子供を思う心に国境はない。幼稚園に通うまな娘の笑顔を見るたび、世界中の子供たちの幸せを胸に描く。


 27歳のエースは「野球をやめるまで、ずっと続けていく」と誓う社会貢献をチームの仲間にも広めるつもりだ。「自分もプロ2年目にこういう活動に出合った。若い選手たちに引き継いでいけたらいいし、そうしたい」近鉄時代の02年、先輩・門倉(現巨人)に誘われ養護施設を訪問したのが始まり。楽天には田中を始め、朝井、一場、片山ら将来有望な若手がいる。「チーム・イワクマ」として、自らが先頭に立つことで、チームに社会貢献の伝統が生まれることを願っている。
(2008年11月21日06時05分  スポーツ報知)より抜粋

本当に 小躍りしたくなるような嬉しいニュースです。日本では 以前よりはましですが、ボランティア活動、社会貢献活動といったことに関わる人に対して ”偽善的” という言葉が枕詞のようにくっつくような土壌があります。売名そのもといった感じの人もまだまだ多いせいかも知れませんが、真に素朴に 人々の幸せを描き、少しでもなんらかの貢献ができたらと思っている人は潜在的にかなり存在すると思えます。

私自身も以前は 社会貢献活動とかボランティア活動している人は自分とは別世界の人が多いように思っていました。しかし、現在 どう考えてもみても ごく普通の主婦の私が ごく普通の生活をしながら所謂 国際協力 ということに関わり続けているという事実を客観的に捉えてみますと、確実に時代は変化しつつあるのだと実感します。社会のさまざまな分野の普通の人々の間に、社会貢献 国際協力 といったことがなにか特別なことではなく日常的に 当たり前に受け入れられ始めてきているのだと確信できます。そして、今回の岩隈久志投手の素晴らしい社会貢献活動はきっと若い世代に 大きな影響をもたらしてくれることと期待しています。 

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2008年11月21日 (金)

2つの自然観からあらたな地球観へ

Earth_1 先日 ブログでも書きましたが、大学時代のクラス会がありました。、そこで、たまたま 大学の同窓会に長年勤務していました友人から、20日に 卒業生で、現在M大学教授でもあるM氏が 「環境問題を考える」~環境的公正をキーワード に というテーマでの公開講座をなさっていて その最終回があることと、M氏が2年間モンゴル国に滞在し遊牧民の生活の研究をなさっていたということを聞きました。同じモンゴル国を拠点に、環境問題を考えるなど なにか ご縁を感じましたので、M氏にはぜひ、お目にかかってお話してみたいと思い、昨日 最終回の講座に参加してみました。

昨日のテーマは 渡辺正雄「近代における日本人の自然観~西洋との比較において」でした。今まで、改めて 「自然観」 について 深く考えたことがなかったのでとても興味深かったです。

皆さんは どんな自然観をお持ちでしょうか? 私は 人間は 自然の一部 といった感じでしょうか 人間と自然の共存 といったことが漠然と浮かびます。

       牧歌的自然観         帝国主義的自然観         
態度    自然との共存・共生      自然の支配・搾取
方法    共感的・全体論的       客観的・分析的
モデル   自然は有機体(有機体論)  自然は機械仕掛け(機械論)
世界観)

西欧における自然観の歴史は、この二つの自然観のせめぎあいの帰結とみることができよう。とはいえ、少なくとも、十七世紀における近代科学の成立以降は、機械論に支えられた帝国主義的自然観とそれを具現した物理学的な科学が時とともに勢いを増してきたことは明らかである。


・その後、十九世紀の後半から二○世紀の中葉にかけては、電気の利用や多種多様な化学製品の開発利用に代表されるように、科学と技術の相互作用が一層強まって、帝国主義的自然観に依拠する物質文明が謳歌され、牧歌的自然観は再び地下にもぐる。

 ところが、二度の世界大戦、特に第二次世界大戦における核兵器の開発に象徴される科学技術の軍事化や、一九六○年代以降噴出した公害問題や八○年代に顕在化した地球環境問題など帝国主義的自然観の弊害が様々なかたちで露呈するに至った。
このような状況の中で、牧歌的自然観は、十九世紀末以来、多くの知見を蓄えてきた生態学を基盤にして、たとえば環境保護運動やエコロジー運動という装いをとって帝国主義的自然観にあらためて挑戦を試みているのである。
このように考えると、帝国主義的自然観と牧歌的自然観という二つの自然観は、時には互いに反発しあい、また時には相い補いながら、欧米人の自然観と歴史を形成してきたと言えるのである

早瀬光司(編著)『文化と環境』大学教育出版、1998, pp.16-21より抜粋


こうしてみると、今 日本には確固たる自然観といったものがなくて、西欧の2つの自然観に簡単に翻弄され続けているような気がします。

漠然としていますが、今後は ゆるぎない 安定した人類共通の新たな 地球観 といったものが確立されていかなければならないのではないかと思えます。対立する2つの自然観ではなく 科学技術を超越した人間観 世界観を見据える地球観が・・・・そこにはどこまでも清らかな水、、空気、大地が

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2008年11月20日 (木)

ブログってすごいですね!

Ico_kouyo ブログ 虹色の夢 を書き始めたのは  今年6月1日ですから、約5か月半位になります。

今年の5月、ブログを更新すればするほど また、環境意識が高まれば高まるほど 知らず知らずのうちにブログ上の苗木が成長していき、ある大きさにまで育った段階(大人の木に生長)で、地球上のどこかに、植林に携わるNGO(植林パートナー)によって実物の苗木が植林され、実際の森が育っていくという新たな可能性を秘めた実にユニークなWEBサービス・グリムスの運営チームの代表S氏に、私たちのNGOにも植林パートナーになってほしいと頼まれ、お受けすることになったのです。

結構 面白そうなので、私も、個人的にグリムスの苗木を育ててみようと思い、さっそく登録してブログを書き始めたわけです。8月23日には1本目の苗木が、めでたく大人の木に育ったので、いつか、 地球上のどこかに実物の苗木が植林されます。楽しみです。

そんなわけで、できるだけ 毎日、ブログを書いているわけですが、話題によっては 予想以上の反応があるのに驚いています。話題性のあるもの たとえば公開中の映画 についてのブログ(「ブタのいた教室」 )は 全国 1500人くらいの人が読みに来てくれているようなのです。なんだかとても不思議ですよね。またく会ったこともない全国各地の人たちが 私の書いたものを読んでくれているというのですから・・・

その他、柏戸 大鵬両横綱の拳銃不法所持について書いたブログ(角界の不祥事 その対応 今昔)に関しては 半日で500人位の人が読みにきてくれました。びっくりですよね!

今後も 向学心を刺激しつつ みなさんの反応も楽しみながら、グリムスの苗木も育てていこうと思っています。

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2008年11月19日 (水)

天使が宿る掛屋剛志くんの創り出す音楽の世界 

Pic002 掛屋剛志くんという16歳のピアニストをご存知ですか? 

彼は 視神経の断絶による視覚障害と生まれつきの知的障害、さらには成長ホルモン分泌不全という病気を抱えている障害児で、目がほとんど見えません。彼の母親は 剛志くんが障害を持って生まれたのは 自分の責任なんだ・・・何か悪い薬を飲んでしまったのか?赤ちゃんのためになにか悪いものを食べてしまったのか?悩み続ける日々でした。そして、剛志くんと共に いっそ飛び降りてしまおうと考えたこともあったそうです。しかし

「お母さん 障害はね その子の個性の一つなんですよ」

医師の こんな言葉に ふと われに返ったそうです。

 剛志くんが2歳半位になったころ、床とか、冷蔵庫 や 洗濯機 あらゆる音の出るところを叩いて 一心不乱にリズムをとっていることに気がついたそうです。そのうち、 耳にしたメロディーをそのまま 床などを叩いてで再現でき、まるで、彼が叩く音の出るものはすべて楽器のように思えてしまうほど、その並々ならぬ才能に驚いたそうです。

剛志君が運命のピアノと出会ったのは3歳の頃。母親が小学校時代に使っていたピアニカに反応を示したのだそうです。さっそくキーボードを購入し、剛志くんは毎日、毎日鍵盤を叩き続けました。そのうちに、その音は嘘のようにきれいなメロディーになっていったのだそうです。さらに、ご両親はお二人とも全く譜面なども読めす楽器演奏などとは無縁で、剛志くんが新たな曲をピアノで弾くたびに感激し、心の底から 褒め讃えたそうです。そのことが ますます剛志くんのピアノを演奏することへの喜びを増幅させていったのでしょうとご両親は おっしゃっています。

今も 変わらず 彼の日々は 一日たりとも薬を欠かせない とても厳しいものであることには変わりがないのですが、それでも、彼は 希望されるところへは できる限り出かけていって 精一杯演奏を披露しています。

「会場の皆様の 心からの拍手が 剛志に生きる力を与えてくださっているのです。」

彼の母親は こうおっしゃっいます。

Ico_heart 彼のピアノ演奏、と 透き通った歌声は 心に沁み渡ります。まるで、神様が 彼の傍らに 天使を遣わしたにちがいない!!と思えるほど、ただただ 無心で 幸せがこぼれ落ちながら天使の白い羽根に ふわっと乗せてもらったような 心地よさに包まれます。

そして、きっと神様は存在するんだ・・・・って信じられるような気がするのです。

とても素朴な ありのままの 彼の歌 やすらぎの時代(とき)を お聴きください
http://www.youtube.com/watch?v=g7KQRXmIZ60
 

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2008年11月18日 (火)

N先生のリサイタル

Ico_heart5 ”芸術の秋" とはよくいったものです。このところ コンサートに出かける機会が増えました。
昨日は 今から30年近く前、私がまだ30代 横浜でママさんコーラスで唱っていた頃 その合唱団で、ボイストレーナーとしてお世話になったメゾソプラノのN先生の リサイタルでした。

N先生は 日本でリサイタル開催 翌年はドイツで研鑽を積むという生活を ずっと続けていらっしゃいます。一生をかけて ご自分の声楽を謙虚にみつめ 向上、変化させ続ける努力をなさっていらっしゃるN先生には 30年経った今もなお、ずっと新鮮な何かを感じます。特に最近のリサイタルでは 毎回 何か新たなチャレンジをなさっています。 

初めて先生とお会いしてからもう30年近くの月日が流れました。一口に クラシックの声楽家 と言いましても 様々な歩み方があるように思えます。この30年間 何かのご縁で 先生とともに、年を重ねつつ その歌声をずっと聴かせていただいてきました。華やかなクラシックの世界もたくさんあるかと思いますが、N先生の追求なさっている声楽の世界は 私には とても静かな精神修養の世界であり、より哲学的な世界であるように感じるのです。そして 年々 日本の風土で培われた日本人らしい感性をなんとか表現してみたい!そんな先生の想いが伝わってくるリサイタルになっているような気がします。

まさに 人は それぞれの人生を歩み続けているということ。その道には 年を重ねるごとに、まぶしいくらいに それぞれの心が映し出されていくということ。そして淡々としたなかに 驚くほどの情熱が潜んでいて、いつまでも新鮮であり続けることの素晴らしさ。今夜はそんなことを改めて考えました。

リサイタル 最終ステージの曲
林 光 歌曲 「道」「空」「子供と線路」~ソプラノとフルートのための (谷川俊太郎)より

子供と線路  谷川俊太郎(『絵本』より)
 
子供はその日も忙しかった
線路を書くのに忙しかった
道一杯にどこまでも続く線路を

子供はその日も忙しかった
道はどこまでも続いていたので
白いチョークの一本の線路は
いつまでたっても終点がなかった

子供はその日も忙しかった
その間
愛なしでまた愛ありで
人々は本当の電車を乗り降りした

子供が線路を書いている間
人々は垣根によっかかって
笑っていたまた泣いていた
愛なしでまた愛ありで

そうして或る日
子供が電車に轢かれた時
夕日はまるで終点のように
白いチョークの線路の向こうにかかっていた


年を重ねてこられたN先生の今だからこそ 選曲され、より深みの増したユニークな曲として創り出されるのだと思いました。

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2008年11月17日 (月)

グリムスのマイページの苗木たちもみんな頑張ってる!!

今回のマイページ仲間 みんな頑張っています!!みんなが 大人の木に成長するのも もうすぐでしょう! 楽しみです。

081118s

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最近、小耳にはさんだ ちょっと素敵な言葉

Ico_donguri_momiji1 私の日常といいますと、 テレビを聞きながら(笑)、パソコンに向かって 活動中のNGOの財政処理や、事業報告のためのドキュメント作成や HP、ブログのアップデート 企業、団体などの対応処理などを主にしています。そんな中、 最近、テレビ番組の中から 小耳にはさんだちょっと素敵なコメントを・・・

周りから、派手だとかなんだかんだ言われても、気にしないで 思いっきりガッツポーズすればいい!!なぜなら ガッツポーズは自分との闘いの結果出てくるものなのだから。誰かに見せるためのものじゃないはずだから。 
    木村拓哉さん(SMAP) から 石川僚くん(プロゴルファー)へ

「降り止まない雨はないんだよ」「出口がないトンネルはないんだよ」「今が最低だと思うなら、これ以上の最低はないんだよ」
   母親から高校2年の夏の甲子園予選の試合中に右肘の神経を断裂したため
   絶望的になっていた上地雄輔さんへ(ユニット 羞恥心)


ここで決心して行かなかったら 去年とまた同じ1年になっちゃうよ
   友人から エドはるみさんへ

妻が赤ちゃんにおっぱいをあげているのを見ると、ああ、二人はしっかり繋がっているんだんあー。自分の出番はないなあと・・・
それでも 子供をお風呂に入れたとき 必死にしがみついてくると、ああ、こいつを守っていくんだって実感する。  
   初めての子供を持って つんくさん(シャ乱Q)

「君は 僕を忘れないだろう。でも 君は本当の君を忘れている」
   
映画 「P.S.アイラヴユー」 亡き夫から妻へ 愛の手紙より
   
最愛の夫が突然病でこの世を去った。打ちひしがれる妻へ、夫からの手紙   

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2008年11月16日 (日)

言葉あそび

Ico_kinoko4 昨日のブログで 回文というものが出てきましたので、ちょっと 言葉あそびについて調べてみました。テレビ番組の「笑点」でよくつかわれているような感じですが、改めて 分類してみると結構面白いです、自分でも作ってみると適度な頭の体操になりそうです!みなさんも いかがですか?

洒 落 「ダジャレ」から「考えオチ」のことば遊びの基本。
 「となりの庭に囲いが出来たってねぇ」 「へぇー」 (ダジャレ)
 「お母さん、ハワイって遠いの?」 「いいから黙って泳ぎなさい。」(考えオチ)

小噺し 洒落を巧みに使った簡単な話。その噺を膨らませば「落語」にもなる。
 子分 「若!なぜ二代目を継がないンですかい?」
 若  「俺はひつじ年だから、ヤクザにゃ向かないンだ。」
 子分 「エッ!何故、ひつじ年がヤクザに向かないンですかい?」
 若   「ジンギ・スカン」(仁義・好かん)

語呂合せ 基本の節(ことば)に語呂が似てて、字数が合う洒落。
 「漢文新聞」→「ちんぷんかんぷん」(韻を踏む例)
 「丸い卵も切りよで四角」→「悪いたばこも吸いよで味覚」(韻を踏む例)
                →「丸井で買い物カードは四角」(語呂で合わす例)
                →「生まれた孫も器量で失格」(語呂で合わす例)
                →「ダサイおなごも脱ぎよで主役」(語呂で合わす例)

もじり言葉 ことわざや慣用句を文字った遊び。
 「捨てる紙あれば、拾うヤギあり」(捨てる神あれば、拾う神あり)
 「グチの親より、おだての親」(生みの親より、育ての親)
 「女に無言はない」(男に二言はない)
 「猫にご飯」(猫に小判)
 「男は、面よ」(男はつらいよ)

ショート・笑と ごく短い言葉遊び。ひねったセンスが決め手です。
 「ウールマーク」=売約済みの札。(売る、マーク)
 「テノール」=文鳥を育てること。(手乗りということで)
 「出しゃばる」=刑務所を出ること。(出る、シャバ)
 「シャンプー」=美人のオナラのこと。(シャン=美人が、プーか)

なぞかけ ○○とかけて、△△と解く。その心は□□です。というポプュラーな遊び。
 「朝刊とかけて、お坊さんと解く。その心は、今朝来て今日読む。」(袈裟着て経読む)
 「松尾芭蕉とかけて、夏目漱石と解く。その心は、古池や~ポチャン」(坊ちゃん)
☆通常は「お題」をいただいて遊ぶことの方が多いです。
  お題『こたつ』 
 こたつとかけて、悪徳宗教団体と解く。その心は、一遍入ると出られない。

なぎなた読み 句読点の打つ場所により、文章の意味が変わるもの。
 「秋葉原は、盛んよ」→「秋は、バラは咲かんよ」
 「よく見ると寝台車だよ、驚いた」→「よく見ると死んだ医者だよ、驚いた」

回 文 上から読んでも、下から読んでも同じ文章になるもの。
 「悪い過酷な消費税、是非およし、無く子が居るわ」
    (ワルイカコクナシヨオヒゼイゼヒオヨシナクコガイルワ)
 「急行来る、空港行き」
    (キユウコウクルクウコウユキ)

アナグラム 単語・人名などの文字を並び替えて、違う意味の言葉にするもの。
 「郷 ひろみ」(ゴウヒロミ)→ゴミ拾う
 「岡田 真澄」(オカダマスミ)→ミス・おかまだ
 「松居 直美」(マツイナオミ)→おつまみ、無い?
 ☆これも濁点・半濁点、「お」を「を」、「は」を「わ」と読むのはOKの範囲です。 )

そこで 私も ひとつ 下手くそインチキな言葉あそびを
虹色の夢 → 銀色の米  
       → 腹黒の嫁
       → のろのろの亀
       → 色白の姫

エコの時代(猫の額)

松田聖子(マツダセイコ) → こいつ、騙せ!
                → せこい妻だ!
                     

おそまつさまでした(笑)

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2008年11月15日 (土)

長谷川泰子リサイタル

Nizitownss    昨晩は 大学時代の友人Sさんから、チケットを頂いて  
長谷川泰子リサイタル
   ~二人の詩人と三人の作曲家で作った虹色の歌
 (詩 石津ちひろ・佐藤つた 
 音楽 園田容子・伊藤ひさ子・寺沢新吾)
へ母と二人出かけてきました。

長谷川泰子さんという歌手については全く初めてだったのですが、チラシの中のフレーズ二人の詩人と三人の作曲家で作った虹色の歌
にちょっと 惹かれました。 虹色の歌・・・ 私のブログは虹色の夢・・・・  虹・・・・・

長谷川泰子さん ステージ共に 虹色の歌 にぴったりの さまざまな 色彩を感じる華やかなものでした。また、伴奏者(ピアノ、アコーディオン、マリンバなど)が今日のコンサートの曲目の若き三人の作曲者 であったことも 私にとっては 初めてで、とても新鮮なことでした。

作詞の佐藤つたさんは 長谷川泰子さんご自身の亡きお母様とのことです。さりげない日常を歌った中にも 娘と母親の間に流れる 切っても切れない絆のようなものが伝わってきて 現在、実母と同居している私には 長谷川さんのお母さまへの想いがストレートに 心地よく響いてきました。

また石津ちひろさんは 30代 ママさん 絵本作家でもいらっしゃって フランス留学され 言葉あそび のような言葉に対して とても洒落たセンスのある方のようです。石津ちひろさんの 講演会にいっらしたという人のブログ(aiaiの育児でHAPPY!)に次のようなことが載っていました。

まず、自己紹介ですと言ってホワイトボードに書かれたのが
「いしづみずみずしい」という文章。
この文は、前から読んでも後ろから読んでも同じになる回文です。

「回文を作ってみます」と言われ、
会場からお題を受付て、「ねこ」が出ると
「ねこはいる まるいはこね」という回文をあっという間に作られました。
回文の絵本から、いくつかの回文を紹介してくれました。

・ないたり うるさい さる うりたいな
・とばす おすばと
・だんたいだと はと だいたんだ

回文は頭の体操になって、紙とペンがあれば
すぐにできるので、皆さんも作ってくださいねとお薦めされてました


石津さんは、「詩(言葉)は、他の人に読んでもらうと、その人の物になる。
一人歩きしてこそ、生きてくる」と。

人は言葉で傷つき、また言葉で癒されます。
リズムに気をつけ、ちゃんと伝わっているかをいつも考えています。
言葉って、大切だし、難しいですね。
これからも、言葉に係わっていきたいとおっしゃってました


回文って 私にはそんな即座にできません! やはり言葉へ反応のすごさが垣間見られますよね!
石津ちひろさんの言葉の世界に 若い お二人の作曲したラブソングは シャンソン風の でも どこか品があって とても洒落た曲ばかりでした。

世の中には さまざまな才能が一生懸命、輝き続けているんだな~ しみじみ思えるコンサートでした。

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2008年11月14日 (金)

家族団欒

Cut_apple01 先日 娘の中学時代のPTA役員仲間3人で久しぶりに お食事会をしました。団塊の世代の主婦でもある私たちの話題は 麻生首相 や今注目されている生活支援一時金給付についてオバマ大統領当選の米国民の熱狂ぶりなど 意外と政治の話が多かったように思います。そして、特に、オバマ新大統領の支持者たちのように 結果はどうあれ、心の底から一人の政治家に希望を託せることがとても羨ましく思えるということ、 日本の政治は どこか中途半端 で保身的な感じがしてならないことなどなど・・・・

なかでも 60年間、日本という国で生きてきた中で あの頃はよかったなー って思える時代って 一体いつだろう?という話題になりました。経済的にも、物質的にも、便利さの点でも、現在が一番勝っていることは確かなのですが・・・・・ 不思議と 皆が一致したのは 60年代でした。家族団欒。 狭い居間に家族がそろって過ごしていた時代でした。

一家に一台が普通であったテレビ、冷暖房も 各部屋つけていたらとてももったいないといった事情から おのずと、家族全員が 長い時間 ひとつの部屋で過ごすことになっていた若干窮屈であったと思われるあの時代・・・・そのすべてが 解決し、現在では 家族それぞれが 個室を持ち、そこはテレビ、冷暖房完備、今ではパソコンも加わり、各自が自由に自分のペースで生きているそんな家庭が増えていると思われる現代・・・ただ、家族同士のふれあいの場 時間は あの頃に比べたら 激減したのは確かでしょう。

我が家も6畳くらいの狭い居間で 家族そろって過ごしていましたね・・・・・受験勉強で仕方なく自分の部屋にこもらなければならなかった時を除いて、連日の家族麻雀(たしか我が家の居間の壁にはまるで雀荘のように役満の張り紙が貼ってありましたっけ)や、兄がマンドリン、私がギターで伴奏つけたり、その頃はアメリカのテレビ番組(西部劇 ホームドラマなど)を一緒に見ていました。

私たちが そろいもそろって あの時代がよかったって思えたのは なぜでしょう? たぶん それは何気ない家族のふれあいの場 家族団欒で 何ものにも代え難い一体感(孤独感の解消)、安心感を得ることができたからでしょう。そしてその記憶が50年も経った今でも とても心地よいものとして鮮明に残っているからでしょう。その意味でも、現在の若いファミリーも、意識的にでも 家族団欒のひと時をもっともっと大切にするとよいのかもしれませんね。 

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2008年11月13日 (木)

黄金比?!

突然ですが、みなさんは大根の根はどんな規則性をもって生えてくると思いますか? 同様に 若小枝はどのように生えてくるのでしょう?自分の枝の葉が,太陽光線を最大限に受けられるように,最適に枝を出していくわけですが、それでは最初に出した枝から次の枝を出すときどんな角度がよいのでしょう?それは,1周360°を黄金比に分けた角,すなわち黄金角ごとに枝をだすのが,うまく重ならずに最適であることが発見されています。

この黄金比 というものは とても不思議で、 いろいろな所に登場してきます。

まず、黄金比はどんなものか簡単にいいいますと長方形からその短辺を共通にする正方形を取り去ってのこった長方形が元の長方形と相似の場合、この長方形の縦横比を黄金比といいます。また、黄金比のことを外中比ともいいます
黄金長方形の縦と横の比は 1:(1+√5)/2=1:1.6180339・・・
(下図参照ください)
Fig5
















この長方形から,最初の正方形を取り除いてできる長方形を考えます。この小さい長方形の辺の比率を計算してみるとこの小さい長方形は,再び黄金比を持つ長方形になっているのです。小さい長方形から正方形を取り除いても,また黄金比を持つ長方形が残ります。この状況は永遠に続くのです。ここに、この長方形 黄金比の謎がありそうです。

たとえばピラミッドには、この黄金比が使われていると言われています。クフ王のピラミッドを例に挙げると、ピラミッドの高さと底辺の長さの比率がだいたい1:1.6になります。ミロのヴィーナスも腰で区切ると上下に1:1.6になりますし、ギリシャのパルテノン神殿も高さと幅の比率が1:1.6、古代ローマの凱旋門も高さと幅の比率が1:1.6になっています。身近なものではテレホンカードや名刺、ハガキなども黄金比になっています。

さきほどの 黄金角は 360°を1:(1+√5)/2に分けた角度
Golden_angle









約137.50・・・°毎に 根や小枝は生えてくるわけです。そうすると重なることなくうまく円周を埋めていくことができるようです。

いずれにしても、なんか安定して落ち着く形だったり、生物学的にも機能にマッチしていたり、そんな現象の中に ある法則(黄金比)というものを発見した人がいるわけですよね。

日常的に何気なく見過ごしている現象の中にもまだまだ 無数の法則が埋もれているのかもしれませんね・・・
人類を平和に導いていくような効力のある画期的な心理的法則って発見されないでしょうかね!

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2008年11月11日 (火)

40年の時の流れ

Ill_wine04 今日は 女子大時代のクラス会で、横浜に行ってきました、40年くらい前 ともに大学で机を並べ 数学を勉強していたクラスメイトおよそ50名のうち 半数にちかい24名が出席、遠くは 岡山 大阪 静岡など地方からわざわざ上京された方、20数年ぶりに再会できた方など 女子大生に戻って 楽しいひとときを過ごすことができまIll_wine01 した。

ほとんどのクラスメイトが今年、来年にかけて還暦を迎えるわけですが、みな40数年前は 親の庇護のもと、何の苦労もなく 女子大に通ってキャンパスライフを謳歌していました。卒業後 本当に それぞれが それぞれの道を歩んできたのだなあと実感しました。ひとつとして同じものはない この世にひとつだけの人生なのですよね・・・・ 卒業後 ずっとひとりで働きつづけ、今年,,定年退職された人、、嫁として、舅姑の介護に明け暮れる人、 早くに未亡人になってひとりで生き抜いているひと、働く息子、娘のために 孫の世話をする人、ご主人と二人だけの人生をずっと歩んできた人・・・・

これからも それぞれが それぞれに与えられたユニークな人生を精一杯歩んでいくのでしょう。

大学4年間に起きたおもな出来事を懐かしく思い浮かべてみました。

1967年(入学)  美濃部東京都知事当選
          小笠原諸島返還 

1968年(2年生) 3億円事件  
          川端康成ノーベル賞受賞 
          日本初心臓移植 

1969年(3年生) 人類初の月面着陸 
           佐藤首相訪米で沖縄72年返還決まる  

1970年(4年生) 日航「よど号」事件 
          日本万国博覧会開催 (EXPO’70)「人類の進歩と調和」
          三島(由紀夫)事件
          日米安保自動継続

まさに 20世紀、冷戦下、科学万能、高度経済成長へまっしぐらという感じの時代でした。

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2008年11月10日 (月)

父還暦の句~遺稿集「遠花火」より

Mado_autumn1 私は よく父に似ていると言われます。父が亡くなって数年後、私たち家族は私の実母と同居することになります。そんなわけで、母と私は 日々 さまざまな会話をするわけですが、父親似の私は 母とは しばしば 異なった考えを抱くことがあります。そんな折、

「お母さんと私は 若干 価値観が違うものね・・・・・きっとお父さんは私と同じような気がするな」

なんて ことを 私がぽつりとつぶやいたとき、、突然、母がこんなことを言ったことがありました。

「そうなんだわ、思い出したわ、お父さんもきっとあなたと同じ気持ちになったことがあったのね!!あの俳句は そういうことだったのだわ きっと・・・ あの当時はよくわからなかったけれど・・・」

    価値観のすれ異ふ日の新茶かな (父55歳)

母には 時々 私の中に父の影が重なることがあるようです。

今年、私も還暦を迎えましたので 30数年前、還暦を迎えた時の父の俳句に触れてみました。

    心交し繰り行く夫婦初暦
  
    風蹴立て走れる子供の日の地平線

    無頼の風冬木の列へからむ怒声

    第一章「己に克つ」と冬木の章

    夢挫折繰り言幾つ星凍てぬ

             
昭和50年父60歳  父遺稿集「遠花火」より 


 

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2008年11月 9日 (日)

成田佐太郎氏~車力村の振興に生涯を捧げた人

Cut_kakashi3 昨日は 板橋農業まつりに「板橋モンゴル孤児支援の会」のみなさんのテントでの、モンゴル料理 ボーズ(肉まんのようなもの) や スーテーツァー(塩入ミルクティー)などの販売のお手伝いに行ってきました。

10月18日(土) 19日(日)には 板橋区民祭 11月1日(土)には、国際交流のお祭り「国際交流FESTA in 板橋」が開催されました。各国のお茶・お菓子の試飲、民族衣装のファッションショー、世界の絵本の読み聞かせなど、板橋区在住の外国籍区民のみなさんと共に衣・食・住を考える(触れてみる)FESTAです。

板橋区は在住の外国の方々とのふれあいをとても大切にしている自治体の 一つだと思います。今後の日本においては、ますます 多文化間の共存を目指した地方自治が重要になっていくのだと思います。

地方自治体、国際交流 国際協力 というと ふと、今は亡き 成田佐太郎車力村元村長が懐かしく思い出されます。私が現在活動していますモンゴルでの活動のすべての原点は この成田村長、車力村の方々との出会いから始まったと言えますので・・・

1995年9月、私は「共存への貢献」をテーマにした勉強会で知り合った若い仲間によって生まれたNGOに誘われ、彼らをサポートしていってみようと参加することに決めました。その翌年1996年、「モンゴル国で大火災発生」というニュースが飛び込んできました。「森林や草原がかなりのダメージを受けたらしい、何か役に立てることがあるかもしれない、とにかくモンゴル国へ行ってみよう!!」ということになりました。

そして当時、青森県津軽地方の人口わずか6千人あまりの小さな車力村(現つがる市)のモンゴル国での稲作支援をなさっていた成田村長と村民のみなさんのモンゴルツアーに同行させていただくことになり、そこで生まれも育ちも東京の私が、北国青森津軽地方車力村のみなさんと運命的に出会うことになるのです。

この村の稲作支援は、いわゆる、資金協力ではなく技術、ノウハウ 人による技術・知的支援でした。しかも その支援の始まりは、通常のような国家間からではなく、小さな地方自治体間、さらには日本の一村長とモンゴル国の一地方知事との信頼関係から生まれたものでした。何度となく試行錯誤を繰り返した後、93年秋 ついにモンゴルに初めて米ができました。
鈴木喜代春『モンゴルに米ができた日-日本の村の大きな国際協力』(金の星社)
「本当に役に立つ国際協力って何だろう?」
この本には この問いへの答えがいっぱい詰まっています。

現在でも 私たちのNGOにはこのツアーで出会った青森県在住のみなさんが、理事としてT氏が、、スタッフとしてM氏が アドバイザーとしてD氏が参加くださっています。理事のT氏は初のサポーター会員になってくださった方です。夢だけが頼りの生まれたてのNGOであった私たちに信頼と期待を込めて 頑張ってくださいと 初めて会費を振り込んでくださったのです。当時、若い仲間たちがとても感激したことが懐かしく思い出されます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~~いつも感じるのは、モンゴルの人たちの成田さんや車力村に対する感謝と尊敬の気持ちは測り知れないものがあります。
私は まだ、モンゴルの要人との付き合いを続けています。会議で来日したときは、私に大使館を通じて連絡をくれ、都合があえば会って話しますが、その時は必ず、車力村の話になります。一人の日本人として、わたしも大きな誇りを感じています。成田さんもさることながら、私は村長の異例な事業を許して支え続けた村民のみなさんには最大級の敬意を表しています。
成田さんは寡黙な人でした、この人は村長選挙のとき演説をするのだろうか、そう思ったことがあるほど口数の少ないひとでした。しかし、奥底には深い思いやりと燃えたぎる情熱がありました。わたしも生涯でこのような人に出会えたことが幸運だったとしみじみ感じています。
        田中秀征氏
        成田佐太郎追悼集「車力村の振興に生涯を捧げた人」より抜粋

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2008年11月 8日 (土)

太陽のコンサート~マンホールからステージに

Ill_fuusen01 孤児院『 太陽の子ども達 』来日コンサート に行ってきました。知り合いの女子学生がモンゴル孤児院支援のNGO活動(NGOゆいまーるハミングバーズ)していて、今回 初のチャリティーコンサートにチャレンジするとの知らせが届きました。 コンサートのプログラムにはこう綴られていました。
---------------------------------------------------------
マンホールチルドレンと呼ばれる子ども達を知っていますか?
孤児院に入る前、子ども達はネズミやゴキブリがはい回るマンホールの中で暮らしていました。
孤児院『太陽のこども達』に保護され、プロの指導のもと芸能を学びました。
一度は希望を失った子ども達が、来日を夢見て毎日10時間に及ぶ特訓を重ね、日本にやってきます。 11月7日、18人の子ども達が、最高のパフォーマンスを見せます!
-----------------------------------------------------------------

想像を超えた劣悪な環境下で 暮らした経験のある子供たち、その中の一人と知り合い、その子が日本へ行って 演奏してみたい こんな夢を抱いていることを知った日本の大学生・・・そして、その学生はその子の夢を叶えてあげたいと真剣に取り組んだのです。そしてその学生を 仲間の学生たちが 心から応援し、サポートして このコンサートが実現したのです。今後 北九州 宮崎 沖縄での公演が続くそうです。地元の皆さん是非、いらっしてください。

一つの夢に向かって 子供たちも, 孤児院の先生たちも、そして サポートした学生たちもみな真剣でした。決してお涙頂戴のような 中途半端なレベルの演技ではなく 少しでも本物でありたい!!とレッスンにレッスンを重ねた 歌声や 馬頭琴の演奏、民族舞踊 は本当に素晴らしかったです。そして彼らが身にまとっていた美しい舞台衣装はすべて孤児院の二人の先生の真心のこもった手作りなのだそうです。

たった一人の夢の輪が少しずつ少しずつ広がっていって 人々の心に響いて それがいつの日か社会的影響をもたらし、新たな人々の希望を膨らませることができるまでに育っていく・・・そう実感しました。

ただ、その純粋な夢は ある時は それを利用して私欲に繋げてしまおうとする 魔の手から 逃れ続けなければならないのです。そのためには 細心の注意を払い続け、初心と変わらぬ 決してぶれることのない何かが存在し続けなければならないのです。

このことは 私が10数年来取り組んでいますNGO活動にも全く同様のことがいえるのでしょう。

夢に向かって 歩き始めた 瞬間と変わらぬ情熱・・・・

これをいかに存続し続けていくことができるのか? 素晴らしい舞台とともに 私自身 常に自問し続けていかなければならないことなのだと改めて考えさせられたコンサートでもありました。

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2008年11月 7日 (金)

オバマ氏の演説とオバマ夫人!

Ico_carnation6 米大統領選はバラク・オバマ氏 47歳が史上初の黒人大統領として当選、8年ぶりに民主党が政権の座に返り咲きました。
自分たちが長期間にわたり汗を流してサポートし続け、政治家を選び、その当選を心の底から喜ぶことができる・・・果たして、日本の選挙において 国民があんなに熱い気持ちを味わえる日がくるのでしょうか?

CHANGE     Yes  We Can

オバマ氏の演説はこれらの言葉が 実にうまく構成されていて、力強く心に伝わる 見事なものだと思いました!

また 180㎝と長身のオバマ夫人のコメントも実に小気味よいこと!!

「彼は 完璧な指導者にはなれないでしょう。けれど 私たちは どんな時も真実を明らかにし続けていくことだけは必ず約束します。」

ある日の彼女のファッション パール?のネックレス、 パープルカラーのワンピース、黒いベルト トータル 日本円でおよそ7700円ですって   

二人の出会いは 法律事務所、彼女はバリバリの弁護士で、そこへ見習いとしてオバマ氏が現れ、彼女が その指導を・・・・・

彼女はきっと 大統領がぶれることがないように 常に軌道修正ができる 頼りがいのある存在となるような気がします。

米大統領選で当選した民主党候補、オバマ氏の演説要旨。

 アメリカでは、すべてが可能であることを疑い、民主主義の力に疑問を呈する人がまだいるなら、今夜がその答えだ。
今度の選挙は違うと信じて、投票所に並んだ人々の列が答えだ。老いも若きも、共和党支持者も民主党支持者も、黒人も白人も、同性愛者もそうでない人も、健常者も障害者も、すべてが出した答えだ。我々はアメリカ合衆国(の一員)なのだ。

 長い道のりだった。だが今夜、今日の決戦を経てアメリカに変革が訪れた

 この勝利は皆さんのものだ。私は最初から大統領に最も当選しそうな候補者だったわけではない。金もなかったが、労働者たちが5ドル、10ドル、20ドルと献金してくれた。極寒の日もうだるような暑さの日も見知らぬ人の家のドアをたたいて回った人々のおかげで
選挙運動は力を得た。人民の、人民による、人民のための政治が滅んでいなかったと。

 我々の前には大きな仕事が待っている。(イラク、アフガンの)二つの戦争、危機に直面した地球、世紀の金融危機だ。新エネルギーを開発し、仕事を創出し、学校を建て、脅威に対処し、各国との同盟関係を修復しなければならない。

 道は長く険しい。坂は急だ。だが、私は今夜ほど希望に満ちたことはない。私は約束する。我々は一つの国民として目標に到達するのだ。

 挫折やつまずきもあろう。だが、私は皆さんに、常に正直であるつもりだ。この勝利は、変革のためのきっかけでしかない。後戻りはできない。

 今夜我々は、この国の真の力は武力ではなく、民主主義、自由、機会と不屈の希望に由来することを証明した。この選挙戦では語り継ぐべき多くの物語があった。

(ジョージア州)アトランタで投票した女性もその一つだ。106歳の彼女は、かつて(女性という)性別と(黒い)肌の色の二つの理由から選挙に参加できなかった。彼女は全米が大不況の絶望に包まれ、ニューディール政策によって恐怖を克服する国を見た。彼女はアメリカがどれだけ変化できるか知っている。我々はできる

 我々の子どもたちが来世紀を生き、私の娘がクーパーさんのように長生きすればどんな変革を目にするのだろうか。どんな進歩を成し遂げられるのだろうか。今がその使命に答えるチャンスだ。今が我々の時代だ。子供たちに機会の扉を開き、豊かさを取り戻し、アメリカンドリームを唱え、基本となる真実を確かなものにする時だ。皮肉や疑いに直面した時、「できない」と私たちに語る人がいる時、時間を超えた道理で答えるのだ。私たちはできる、と。。【訳・佐藤賢二郎】

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2008年11月 6日 (木)

今って?現実って?

Ill_fuusen11 今日はまたまた 変てこなことを考えるって思われそうですが・・・・・
私たちは 今! 現実!自分の目で確かめられることが一番確実で信じられることって考えると思うのですが、 これって よーく考えると かなり 曖昧なものなのですよね・・・

たとえば、毎日 見上げている太陽ですが、 私たちが見ている太陽は、約8分20秒前の太陽であって、厳密にいえば今その瞬間の現実に存在する太陽ではないのですよね。(太陽までの距離は約一億5000万㎞ 光速は約30万㎞/秒) さらに美しく 夜空に輝く星の中には  私たちが見ている 瞬間には もしかしたら すでに消滅して存在していないものもあるかもしれません。 何億光年も前の星の姿を見ているわけですから・・・

今という瞬間の定義は一体何をもって確実なのでしょうね? 地球上の自分の見えるごく狭い範囲のもの?、宇宙空間も含めたとたん、今、見えているものすら 現実のものでなくなってしまうわけですからね!

さらに 今後は 今、自分が見ていると思っているものすら不確実になっていってしまうようです。3次元立体映像 というものが登場してしていますが、これらが よりリアルなものに改良されていったとしたら、たとえば、目撃情報 ある人のアリバイ といったものがあやうくなりますよね?! 私たちが見たものが はたして 現実の人間なのか3次元の立体映像なのか どうやって区別していくのでしょう?
http://jp.youtube.com/watch?v=HicaK7NTHQI&feature=related

それから催眠状態というものも ある意味で 物理的現実と心理的現実の大幅な相違ということですよね。 たとえば、物理的には ものすごく酸っぱいはずのレモンなのに 甘いという催眠状態の人にとっては 甘いのが現実なわけですから・・・、

こうして考えてみると 今、私たちがより確かだと考えがちな古くからの五感(ごかん)、すなわち視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚のは今後は 徐々に 曖昧というか、かえって不確実になっていって、もしかしたら 第6感 のほうが確実とされる日が来るのかもしれませんよ

今日は特に 超夢見る夢子でした(笑)  

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2008年11月 5日 (水)

完成された手のひら

Ico_heart3 還暦を迎え、昔であったなら めでたく隠居する年齢なのですが・・・・

以前 年を重ねるにつれ、できるだけ邪念、無駄な何かが取り除かれていき 穏やかな安定した境地にいたる、それが望ましい。こんな話題の テレビ対談を見たことがありました。

たとえば、今、ここに 手のひら があります。この手のひらを作る場合を考えてみましょう。
① 丸い部分に 5本の指をくっつけて作る
② 大きい丸いものから 4か所 余分な部分を取り除いていって 5本の指を作る。

①の場合と②の場合をくらべると、 継ぎ目のない②の完成された手のひらのほうが より安定していると思われます。

人間も若いうちは とにかく何でも 手に入れたいものです。いろいろなものをくっ付けまくりたいものです。・・・・でも、年を重ねる毎に 本当に大切なこと、必要なことが見えて来るはずです、何が何でもくっつけるのはやめ、むしろ くっつけすぎた余計なものを取り除き始めるはずです。

地球も同様に考えてみますと、今までの若い地球はがむしゃらに 人間だけのために いろんなものをくっつけまくり、結局 地球温暖化をもたらし、砂漠化を加速させ、異常気象といった不安定な最悪な事態を招いてきました。地球も、もう若くありません、年老いてきたのですね。、ですから、今、まさに 余計なものを ひとつずつ取り除いて、より安定した姿へ向かっていく時期になってきたのでしょう、。

名優といわれる人も、若い頃は なんだかんだ余計な演技をし過ぎていたが、徐々に肩の力が抜けて、余計なものが省かれて、ごくシンプルなものに変わってきたように思う、と語ります。

私も、これからの人生 ひとつずつ余計なものを取り除きながら、より安定した手のひらの完成をめざしていきたいものです。 

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2008年11月 4日 (火)

南極のルビーが語るもの・・・

Ico_glass_p 昨日 なんとなくテレビをつけていましたら 突然 画面いっぱい 赤いキラキラしたものが映り、何だろう?と思いましたら、そこは南極のようで、それは発見された ルビーの原石塊 のようなのです。南極にルビー??? 勉強不足の私には なんだか ぴんとこなくて 反面 とても興味が湧いてきました。

番組によりますと、現在の主なルビー産地(東南アジア(ミャンマー、タイ、スリランカ、ベトナム)やタンザニアなどがありますが)のうち、スリランカのものと この南極のルビーはまさに一致するというのです。 すなわち 今から2億5000万年前 南極とスリランカは同じ陸地であって、その後、分離して 一部が移動して現在の 状態になっていったというわけです。

2億5000万年前の地球・・・・なんだか気が遠くなりませんか? でも 南極のルビー と スリランカのルビー は その2億5000万年前の 地球の存在 で 現実のものとして結びつくのです・・・・こんなことを考えますと、本当に 私たち一人ひとりの一生の長さって 瞬間の瞬間にも満たない束の間なのですよね。こうして考えますと 南極の西のほうは南アフリカとつながっていたはずですから いつかダイヤモンドが出て来る可能性もありますね!

私は あまり 宝石には興味がないほうなのですが、ルビーという宝石は不思議な存在であるようです。

ルビーという不思議な存在(ロイヤルグレイス WEB SITE より抜粋)

ルビーとサファイアは鉱物名としてはコランダムという鉱物に属します。ルビーとサファイアは、 鉱物学的にいうと兄弟であるといえます。その化学組成は, Al2O3、 酸化アルミニウム、いわゆる陽極酸化被膜(アルマイト)です。聞きなれない言葉ですが、身の回りのいたるところに存在します。 ようするに、アルミです。そして、アルマイトを溶かして冷やすだけでコランダムの結晶となります。
 
不純物が非常に少ない純粋なコランダムは無色透明で、しかも高い屈折率により強い輝きを示しますが(無色サファイア)、 宝石用途として用いられることは殆どありません。
 しかし、わずか1%程度の微量のクロムを不純物として合むことにより、ルビーになるのです。この微量な不純物の量が微妙で、 これが0.1%となるとピンクになり、ルピーには届かずピンクサファイアと鑑別されます。 それが多過ぎて5%以上になると灰色のエメリーと呼ばれる灰色の工業用の研磨用途の鉱物になり、価値はなきに等しくなります。
 
しかし、ルビーが希少な宝石なのはそれだけではなく、不純物として含まれるクロムの存在が大きな理由です。 コランダムに適度なクロムが含まれるという事自体が稀にしか起きないのです。 何故なら、クロムは珪酸分の少ない塩基性または超塩基性と呼ばれる火成岩に含まれますが、 コランダムは一般には珪酸分の多い酸性岩質の、しかも珪酸分が多過ぎては他の鉱物になってしまうという微妙な条件の下で生成します。 即ち通常ならコランダムにクロムが含まれることはあり得ないのです。しかし、実際にはルビーは存在するのですから、 あり得ない何か特別なことが起こったことになります。まさに、ルビーはルビーであるだけで特別な存在なのです。

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2008年11月 3日 (月)

名馬テンポイントとある厩務員(きゅうむいん)

Ico_kikyo3 フジテレビの 「エチカの鏡」 という番組を ご存知ですか? 
昨日、たまたま この番組をみたのですが、競馬界で 大活躍した名馬 テンポイントとその一生を見守った ある厩務員のお話を放送していました。

テンポイント (Wikipediaより)
1975年8月に競走馬としてデビュー。関西のクラシック候補として注目を集め、額の流星[1]と毛の馬体の美しさから「流星の貴公子 」と呼ばれた。
クラシックでは無冠に終わったが、5歳時に天皇賞(春)と有馬記念(第22回有馬記念)を優勝した。後者でトウショウボーイと繰り広げたマッチレース[2]は競馬史に残る名勝負のひとつといわれる。主戦騎手は鹿戸明。1978年1月に海外遠征に向けての壮行レース(第25回日本経済新春杯)中に骨折し、43日間におよぶ延命治療の末に死亡した。

・・・調教師小川氏・・・ 馬主高田夫妻

テンポイントが活躍した当時 私は ちょうど娘が生まれたころで、育児に忙しく、名前は耳にしていましたが 骨折したことや 通常の処置の安楽死の道を選ばずに 手術を行ったことなどはほとんど記憶になかったです。
今回の「エチカの鏡」では 上記のWikipediaでは全く登場してこない しかし実際、テンポイントにとっては常に世話をし続けてくれた 最も身近な全面的に信頼できる存在であったにちがいない ある厩務員 を 取り上げていました。

レースに勝って 厩舎に戻ったテンポイントは 必ず 撫でてくれとばかりに頬をこの厩務員に突き出して甘えたそうです。そしてその仕草は 決して他の誰にも示さなかった・・・・

レースから戻ってきたテンポイントを この厩務員は
「怪我をしなくてよかった・・・元気で帰ってきてくれてよかった・・・・」
毎回 心からこう言って迎えたそうです。

骨折の手術後は 馬体を吊り上げる措置 を取ったそうですが、この厩務員は 心細がるテンポイントのために 厩舎にソファーを持ち込んで泊まり込み 家に戻ることなく ずっと看病し続けたそうです。そして40日余りの闘病後 ついに 馬体を横たわらせる決断がなされ、その2日後 テンポイントは息を引き取ったそうです。

いつの世も この厩務員のように 名もなく ただ、とびっきりの優しさと情熱を持って打ち込むことのできる人々が 感動的な大切な何かを残していってくれているのだと思います・・・この厩務員を思うときふと、中島みゆきさんの ヘッドライト テールライトが浮かびました。そして 私も こんな人生でありたい・・・・

ヘッドライト・テールライト http://www.youtube.com/watch?v=uNVKbRClxRA

語り継ぐ人もなく
吹きすさぶ風の中へ
紛れ散らばる星の名は
忘れられても
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

足跡はは降る雨と
降るときの中へ消えて
称える歌は
英雄のために過ぎても
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

行く先を照らすのは
まだ咲かぬ見果てぬ夢
はるか後ろを照らすのは
あどけない夢
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない
ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない

 
 

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2008年11月 2日 (日)

現代大学生の幼児化?

Ico_ani_bicycle3 いつの時代にも 年寄りが 今の若者は・・・・ という決まり文句がつきものですが、 昨日は 在日モンゴル留学生たちから、現代の日本の大学生の印象について いろいろお話を聞く機会があり、驚きと やはり・・・・という複雑な気持ちになりました。

私自身 NGO活動を通して 日本の大学生たちと接する機会が多いほうですが、最近の全般的な印象として、女子はより積極的 活動的 (ただ、若干自己中心的 )になっている反面、男子は なんとなく 受け身で幼稚な学生が増えているような感じがしていましたが・・・

少子化、跡取りの貴重な男の子 高学歴社会  世の中のこんな風潮から、特に男の子にとってはとにかく名門校コースを歩ませるのが  母親の至上の役割 といった暗黙のプレッシャーもあり、また、母親自身も 過保護に育てられてしまった世代といったことが 連鎖してしまって 本来 最も重要な部分 

我が子を 自立させて たくましく 生き抜く力を身につけさせる

といったことが 抜け落ちてしまっているような気がします。なんでも親が先回りしてガードして レールを敷いて乗せていく・・・この傾向をより強くしてしまったのは 私たち団塊の世代が親になったときからかもしれませんが。

名門コースに乗るためには どんなわがままも許される、そのためには 子供は 王様、両親は召使のような扱いでも構わない こんな親の弱みみたいなものを 子育ての一番大切な時期に 子供たちに植えつけてしまっているような気がします。そjのため、学力は異常に高い けれども 精神的には 幼児のままといった アンバランスな 大学生を増やし続けてしまっているのだと思います。

女子留学生のひとりが 
「会話をしていて、私が一番大切に思っている価値観 モンゴルでは当たり前の両親を尊敬し 家族をとても大切に思っている このことが 初っ端から打ち砕かれてしまい、さらに自分で判断し 行動していく といった当然のことが どこか 抜け落ちているような頼りなさ・・・・それ以上深く付き合って行く気にどうしてもなれない学生が多いのです・・・・・」

大学の職員の日本女性は
「事務室に 訪ねてくる最近の学生は 言葉足らずで、依存的、 一つ一つ こちらで何をしたいのか 引き出していかないと用事が進まない まるで幼児のお使い そのものなんです。最近は 特にひどいですねー・・・・」

それでも 人生80年の間には 彼らの多くは ゆっくりと時間をかけて 自ら何かに気がついて軌道修正しながら成長していってくれるのでしょうか?
せめて 軌道修正ができる環境 機会を この現状の異常さに気がついた私たちが知恵を絞って提供していくことが解決の一つにつながると信じて 努力してみましょう。私自身 そんな軌道修正を繰り返してきた一人のように思いますから、その可能性を信じたいと思っています。

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2008年11月 1日 (土)

本日 還暦を迎えました!

Ico_carnation6 今日11月1日 は私の誕生日です。めでたく(???)還暦を迎えました。そこで、 還暦 というものを もう少し詳しく調べてみようかと思います。

十干(じっかん)は
甲 こう・ きのえ 木の兄 、乙 いつ、おつ・ きのと 木の弟
丙 へい・ ひのえ 火の兄 、丁 てい ・ひのと 火の弟
戊 ぼ ・つちのえ 土の兄 、己 き ・つちのと 土の弟 、
庚 こう・ かのえ 金の兄、辛 しん・ かのと 金の弟
壬 じん・ みずのえ 水の兄 、癸 き・ みずのと 水の弟

十二支(じゅうにし)は子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12の要素からなっており、あわせて十干十二支(じっかんじゅうにし)略して干支ともいう。

チベット ベトナムでは卯(うさぎ)は 猫 、 亥(いのしし)は中国、タイ ベトナムなど 豚のところが多いようです。    

十干十二支(じっかんじゅうにし)を順番に組み合わせていくと 

 01甲子 02乙丑 03丙寅 04丁卯 05戊辰 06己巳 07庚午 08辛未 09壬申 10癸酉
11甲戌 12乙亥 13丙子 14丁丑 15戊寅 16己卯 17庚辰 18辛巳 19壬午 20癸未
21甲申 22乙酉 23丙戌 24丁亥 25戊子 26己丑 27庚寅 28辛卯 29壬辰 30癸巳
31甲午 32乙未 33丙申 34丁酉 35戊戌 36己亥 37庚子 38辛丑 39壬寅 40癸卯
41甲辰 42乙巳 43丙午 44丁未 45戊申 46己酉 47庚戌 48辛亥 49壬子 50癸丑
51甲寅 52乙卯 53丙辰 54丁巳 55戊午 56己未 57庚申 58辛酉 59壬戌 60癸亥

60癸亥((みずのとい・きがい)でまた01甲子 (きのえね・かっし)に戻ります。

つまり還暦とは生まれた年の干支に戻るので、「暦が還(かえ)った」という意味で「還暦(かんれき)」といい、歳をとる正月には、公私ともに正式に隠居して長寿の祝いをしました。(東洋にあっては誕生日の概念は乏しかった)。
この年齢に達すると親族などが赤い頭巾やちゃんちゃんこを贈るのは、もう一度赤ちゃんに戻って「生まれ直す」という意味合いをこめているようです。

干支の求め方
ある年を西暦(あるいは神武暦)で表した値を10で割った余りを求め、下表から十干を割り出す。

余り 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9
十干 庚 辛 壬 癸 甲 乙 丙 丁 戊 己

同様に、西暦(あるいは神武暦)で表した値を12で割った余りを求め、下表から十二支を割り出す。
余り   0 1  2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
十二支 申 酉 戌 亥 子 丑 寅 卯 辰 巳 午 未 

この2つを組み合わせたものが、その年の干支になります。

私の場合 1948年生まれですから10で割ると 余りは8なので 十干は戊(つちのえ)
12で割ると 余りは4となり 十二支は子(ね)

よって私の干支は 戊子(つちのえね・ぼし)となります。

干支にまつわる俗信では たとえば丙午(ひのえうま)が有名ですね
陰陽五行説によれば、丙も午もともに剛強なる陽であって火の性格をもち、中国ではその年は火災が多いなどといわれていて、それが日本では、八百屋お七が丙午の年(寛文6年(1666年))生まれだという風説があったところから、丙午の年に生まれた女性は気性が激しく、夫の運勢を圧倒して連れ合いを短命にするという俗信に変化したようです。
最近では 1966年(昭和41年)が丙午(ひのえうま)にあたり、出産が控えられたようで、出生率が他の年よりかなり低かったようです。でも その分 受験などは 楽だったのでうは??

さてさて 私も還暦を迎え もう一度生まれ変わったつもり、新鮮な気持ちで 暮らしていきましょう。記念に 今日は やはり赤い何かを身につけて過ごそうかな?

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