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2009年1月に作成された記事

2009年1月31日 (土)

携帯電話~生活の一部になっている

Ico_heart10 先日 友人と映画を見に行こうと 銀座マリオンの時計下で待ち合わせました。 ところが 約束の時間を過ぎても現れず 都合で遅れそうな時には 必ず 携帯に連絡をくれる人でしたので、変だと思いつつ 携帯にかけてみたところ、呼び出してはいるけれど でないのです。もしかしたら 私が時間を間違えたのかもしれないと30分以上待ってみても 一向に連絡もないし、携帯にメールを送ったり、何度かけても 全く反応がないのです。どうしたのかな?・・・・

以前、学生時代の友人Sさんのお母様が 同じように お友達と待ち合わせをしていた時に、時間になっても現れず いつも時間を守る方だったので、そのお友達が心配してSさんのところへ知らせてくれたところ、自宅で倒れていらっしたということがありました。 ふと そんなことを思い出して、 もしかしたら、同じように携帯に出られないような状態になってしまっているのかもしれない・・・ドキドキ・・・最悪のことも考えて、とにかく身内の方に事情を伝えてなくては・・・

結局 友人が約束の日付を一日間違えていたことと、その日は急に出かけることになり、あわてて携帯を置き忘れてしまったこと この二つが重なって 一時は 私から連絡を受けたご家族も巻き込んで 非常事態に陥ってしまいました。

今思うと携帯電話を携帯しているという前提で動いてしまうようになっているのですよね。

携帯電話を使い始めたのは いつ頃からだったでしょう?12年くらい経つのでしょうか?
世の中 生まれた時から携帯電話が存在する世代も多くなり、その機能(メール カメラ ゲーム インターネット GPS テレビ その他)も複雑になり、彼らはそれらをしっかり使いこなしているわけで、大袈裟にいえば彼らにとっては 生活の一部にがっちり組みこまれているようになってきているのでしょうね。

以前 モンゴルの雄大な草原、360度の視野の小高い丘の上から 東京の娘と携帯で話したことがありました。原始的な空間と最新技術の融合・・・何ともいえぬ不思議な心地でした。

こんな話も聞いたことがあります。
土葬をする国で、棺の中に 故人の使用していた携帯を入れることの意味に 愛用品ということと、もし、甦ったときに連絡できるように との意味合いもあるとか・・・

私の幼いころ、テレビも冷蔵庫も電話すらない生活の時代がありましたが 今となっては嘘のようです。それでも ラジオ番組に耳を傾け ぬり絵や紙で作った着せ替え人形、お手玉 おはじき 外では 石蹴り 缶けり かくれんぼ ゴムとび おままごと と暗くなるまで結構、心豊かに楽しく遊んでいたのを想い出します。

思えばここ半世紀の間に 時代はなんと大きく変化したのでしょう!改めて思いました。ただ、世界には ほとんど変わらぬ生活をしている あるいはその負の部分を背負って さらに悪環境での生活を強いられている国々もあることを忘れてはならないですね・・・ 

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2009年1月30日 (金)

命懸けということ

Nizitownss オバマ大統領をみていると、やはり 黒人系初の大統領という意味でも より大きく命の危険にさらされながら、常に重い覚悟を抱いて 命懸けで時代を変えるために政治に取り組んでいるのだろうと思えます。 

命が危険にさらされている・・・・私自身 そんな風に思えたことは 60年の人生の中で全くと言っていいほどありませんね・・・・戦後生まれですし、大きな災害に遭ったこともないですし・・・・まあ 強いていうならば 地下鉄サリン事件が起きた当時は もしかしたら 自分も巻き込まれるかもしれないという不安感が続く日々だったように記憶しています。特に地下鉄丸ノ内線新宿駅付近のよく利用する女子トイレに サリン発生装置が仕掛けられていた というニュースを聞いた時は ぞっとするほど身の危険を感じ、しばらくは言いようのない不安感に包まれたのを思い出します。また NGO活動で 十数年前 モンゴルの国内線に乗ったときは かなりの定員オーバーで、無理やり赤ちゃんを膝にのせられたり、シートベルトが壊れているような恐ろしいくらい古めかしい飛行機だったりと 毎回、毎回神様に無事を祈ったことくらいですかね・・・

昨日、アンビリバボー という番組で ドイツの支配下にあったポーランドのワルシャワ・ゲットーから、ユダヤ人の子供たち約2500人を救ったという ポーランド人女性、イレーナ・センドラーさんを取り上げていましたが 彼女は 1940年秋から、社会奉仕家という立場を利用してゲットー内に出入りして、幼児たちをスーツケースや、スカートの中に隠して連れ出して 命を救ったということです。ナチス占領下でユダヤ人を助けるということまさに命懸けのこと それを彼女は、2年以上も続けたのです。勇気ある素晴らしい女性がいたのですね。

ここまでの勇気を持って生きることは 誰にでもできることではないように思いますが、ただ、これぞ!という瞬間には 真剣に命懸けになれる 勇気と潔い覚悟を持てるそんな人生でありたいと改めて強く思いました。

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2009年1月29日 (木)

有毒農薬が地中に?!

Ico_suisen2 朝のワイドショーを見ていましたら 1971年に有毒農薬に指定された5種目(DDTやBHCなど)が全国126か所で未だに無害化処理されずに 地中に放置されたままであり、その量は2000トンを超えるとのことでした。しかも それらは今年中には、すべて処理されるよう国際的にも約束(「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」を批准している)されていることであったというのです。

これこそ 最悪 地震などの災害時に地盤がゆるんで農薬が地中に漏れ出る危険性があり、それが河川に流出したり地下水や土壌汚染で農作物に及んで多くの国民に害が及ぶことは明らかです。ただ、処理すれば 被害は防げるわけですから 国も地方自治体も理屈抜きに 優先して取り組む責任があると思うのですがね!!

それを お金がない、お金がないと ばら撒くお金はあるのに??? 国も地方自治体も本気でやる気がないだけではありませんか? 現に地方自治体の中には 被害の重大さを考慮して 厳しい財政の中からでも優先的に最終処理を済ませたところもあるということですからね,・・・・

中には 埋めた場所が特定できなかったり、今では 建物などの下となって簡単には掘り起こせなかったりと、かなり杜撰な対応の自治体も多いとのこと・・・・本当に情けないですね・・・

いつの日か 目に見えて多くの被害者がでた段階でしか対応できないのでしょうかね・・・今、速やかに対応すれば 確実に被害者は激減できるのに・・・国際的な約束に関して国としてはどう考えているのでしょう?

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2009年1月28日 (水)

日本のお金~政府貨幣て何??

Ico_tubame1_2 みなさんは 日本のお金というと何が浮かぶでしょうか?
私は 単純に 紙幣(1万円札 5千円札 千円札)と 硬貨(500円、100円、50円、10円、5円、1円)が浮かびます・・・今まで あまり深く考えたことがなかったのですが、通貨とか、貨幣とかいう言葉を厳密に定義してみると 単なるお金といっても違ってくるようです。

最近のように、財政政策 というものがとても重要になってきますと、いろいろな対策案がでてくるようです。先日 ある政治番組をみていましたら、どこかの大学教授が

「政府は 政府貨幣というものを100兆円くらい発行して、そのうち、50兆円は消費刺激対策として定額給付金として ひとり当たり20万円くらいバーンと給付し、残りは 株価対策で株を買えば一気に景気が刺激され効果があがるのではないか」

たしか こんな発言だったと思うのですが、この刺激策の良し悪しは 良く分かりませんが、私にとって ここで、出てきた政府貨幣 というものがなんなのかとても気になりましたので、少し調べてみようと思います。

日本の通貨(単位は円) とは 日常使っている 紙幣と硬貨であり、紙幣は日本銀行が発行する 日本銀行券で なるほど お札には日本銀行券ってかいてありますね。1円~500円までの硬貨は法では「貨幣」といいその製造と発行の権限は政府にあり、政府貨幣 ということになるようです。 なるほど 硬貨には 日本銀行ではなく日本国と刻印されていますね。 

ということは・・・・・いわゆる特別会計の政府埋蔵金 と、政府貨幣発行 という考えを合わせてみると 上記の100兆円景気刺激対策など まんざら不可能ではないのかもしれないと思えちゃうのですが???・・・・もし、 ひとりあたり20万円 4人家族で 80万円給付されたら、きっと普段我慢している何かを購入する家庭が増えると思いますから 消費拡大の効果は確実にありますよね!

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2009年1月27日 (火)

ことわざ~日英表現比べ(その1)

S_write Wikipediaによると

ことわざは観察と経験そして知識の共有によって、長い時間をかけて形成されたものである。その多くは簡潔で覚えやすく、言い得て妙であり、ある一面の真実を鋭く言い当てている。そのため、詳細な説明の代わりとして、あるいは、説明や主張に説得力を持たせる効果的手段として用いられることが多い。

ここで 面白いのは 表現こそ異なりますが、 各国の人々が 同じような人間観察をしているのだということです。以前から結構興味深かった 日本語と英語のことわざの表現を比べてみようと思います。意外と楽しめます。

* 明日の百より、今日の五十。 A bird in the hand is worth two in the bush.
* 悪事千里を走る。 Bad news has wings
* 一難去って又一難。 Out of the frying pan into the fire
*  噂をすれば影。 Talk of the devil, and he'll appeare
*  枯れ木も山のにぎわい。 Anything is better than nothing.
* 漁夫の利。 Two dogs fight for a bone, and a third runs away with it.
* 釈迦に説法。 It is not necessary to teach a fish to swim.
* 早起きは3文の得。 The early bird catches the worm
* 門前の小僧習わぬ経を読む。 A saint's maid quotes Latin
* やぶ蛇。 Don't wake a sleeping dog 

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2009年1月26日 (月)

新たな世界秩序に向けて~共存へ

Ico_shikuramen2 今後、ますます 世界の経済は悪化していくと言われていますが、それでは単に元に戻れればよいのでしょうか?冷静によーく考えてみますと、やはり 今までが より異常な方向へ行き過ぎていたのだから仕方ないのだとだんだん思えるようになりました。

ソ連崩壊 東西冷戦時代が終わり、世界は新たな未踏の世界秩序を模索し始めましたが、この間、やはり、唯一大国であったアメリカが異常にそのパワーを強調して アメリカ有利な価値観を一気に押しつけようとしすぎた・・・グローバリゼーション と称して 軍事的にも暴走しすぎた感じがします。世界各国、たとえ最貧国であろうと それまでに培われてきた大切な歴史と文化への誇りがあるはずです。それを ひとつの価値観に封じ込めようとするのは 明らかに無理でしょう。

この間 ヨーロッパ諸国は 国々の長い対立の歴史の繰り返しの後、経済圏として統合 共存して行く方向を模索し、辿り着きつつあるように思います。

一方 アメリカは 自国中心に世界のお金が流れ込む とても 不自然な金融システムを強引に推し進めてきて、それが 世界中を巻き込んでついに破綻したというところでしょうか・・・アメリカ国民は貯蓄より、身の丈に合わない借金をして、ばんばん消費、その国民の借金を補う形で、リスクの高い金融商品を世界中にばら撒き、世界中のお金を掻き集め、また、それを借金させ、消費させ、また掻き集め・・・どう考えてもこんな不自然なことがいつまでも続くはずはありませんよね。

今、このことの異常さを アメリカの良心が きちんと正常に軌道修正するために真剣に取り組んでもらうよい機会が来たと思います。そして、各国もアイスランドのように実態の伴わないない金融バブルに惑うことなく地に足のついた経済対策を推し進めて より健全な世界経済の流れを取り戻すよいチャンスです。

悪夢のような ブッシュ政権が去り、ヒラリー・クリントンさんの次の方針に、とりあえずアメリカの大きな変化を期待したいところです。

ANNニュース 2009/01/24(11:34)
クリントン国務長官 海外への開発援助を強化へ
ヒラリー・クリントン国務長官は、軍事力に頼らない新しい外交の実現へ向け、海外への開発援助を強化していく方針を打ち出しました。
 クリントン国務長官:「我々は効率的に任務を遂行しなければならない。『スマートな外交』を行うために、もっと賢くならなくてはならない」
 クリントン長官は、海外援助を担当する政府機関「国際開発局」で演説し、「軍主導の海外プロジェクトが特別扱いを受け、野放図に財源が使われてきた」と指摘しました。
そのうえで、「新政権では、貧困地域などへの海外援助がより強化されるべきだ」と述べました。クリントン長官は、軍事力に頼って国際的に孤立したブッシュ外交から脱却し、国際間の対話を重視する姿勢を打ち出しています。


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2009年1月25日 (日)

風呂敷って優れモノ?!

Ico_tsubaki2 このところ 巨木、巨樹を想い さらに 我が家の家具に姿を変えてやってきた 地球上のどこかで育ってきたであろう 樹木を描いているうちに 家具の手入れにつながり 連鎖的に 整理ダンスの引き出しの中身も片づけてみようなんて思いましたら、風呂敷や 大判のスカーフなんかが出てきました。そういえば 今まで、あまり興味がなくて ほとんど風呂敷などは使ったことがなかったのですが、ここらで使い道(包み方など) ちょこっと調べてみようかななんて思いました。

(Wikipediaによると)
物を包む布としての起源は奈良時代に遡ることができ、正倉院宝物の中に舞楽の衣装包みとして用いられたものが残っている。

平安時代には「平裹」・「平包」(ひらつつみ)と呼ばれていて、庶民が衣類を包んで頭にのせて運んでいる様子が描かれている(「裹」は「裏」(うら)とは別字)。一方この時代、入浴することは心身を清めるための厳粛な行事であったため、裸ではなく白衣で入るのが作法であった。そのため入浴前後に、広げた布の上で服を更衣したが、この布を「風呂敷」と呼んだのが呼称の起源という説がある。この説によると、濡れた風呂衣を風呂敷に包んで持ち帰ることなどによって敷布としての役割から包んで運ぶ用途が加わっていくようになったと考えられる。

下って、室町時代の風呂は蒸し風呂のようなものであったため「むしろ」「すのこ」「布」などが床に敷かれていた。これが風呂敷の起源であるとの説もある。足利義満が大湯殿を建てた際、招かれた大名などが入浴する際に他者の衣服と間違えないよう家紋を付けた布に脱いだ衣服を包み、湯上りに際してこの布の上で装束を調えたという記録があり、この時用いられていた敷布が「風呂敷」と「平裹(平包)」の双方の役割を果たしていたものとしての最古の記録と考えられる。

このような入浴の際の習慣は、江戸時代にも継承されていた。江戸時代初頭、湯を張って入浴に供する商売:銭湯が誕生したが、元禄時代頃から江戸や上方の町では銭湯が盛んになり、庶民も衣類や入浴用具を「平裹(平包)」に包み持って銭湯に出かけている。風呂に敷く布で包むことから、「平裹(平包)」に代わって「風呂敷包み」や「風呂敷」と広く呼ばれるようになった。このようにして広まっていった包むための布としての風呂敷の呼称は、やがて「風呂で敷く布」から、「包む布」として行商人たちによって全国に広められていったと考えられる。

何の変哲ない 風呂敷 という正方形の布 一枚にも その名前の由来、実用性などを突き詰めていくと 日本の歴史をかなりさかのぼり この布にまつわる 過去の日本人の様々な生活様式や それに伴うアイデアなどが次々に連なってきて 今さらのように そこに存在するすべてのもの由縁の重みを感じます・・・

おまけに 風呂敷の基本の包み方もマスターしちゃおうと思います。
ま結び
蝶結び
平結び
お使い包み
びん包み
隠し包み
巻き包み
ひっかけ包み
すいか包み
臨時の袋にもなる風呂敷
ふたつ結び
ワインの2本包み

図入りの説明が書いてあるサイト見つけました。
http://huroshiki.com/?mode=f6#maki
これを基本に いろいろ応用したら 結構楽しそうです。

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2009年1月24日 (土)

歌舞伎~伝統を引き継ぐということ

Ico_tako2 昨晩は金曜プレステージ「これが日本の大家族!勘三郎感動密着413日 涙と笑いの親子愛スペシャル」 (フジテレビ)という番組をみました。江戸時代から代々伝わる日本の伝統芸能・歌舞伎 を父から子へそのまた子へと伝承し続け、それを支える多くの人々の存在、を改めて見ることができました。役者ひとりひとりの真剣勝負、また全体としての素晴らしい一体感にとても感動しました。

中村勘三郎(18代目)さんは 勘九郎時代 5,6歳のころでしょうか「アッちゃんのベビーギャング」という映画での腕白ぶりがとても印象的でしたが、53歳になられた今、改めて 先代からしっかりとその芸を引き継ぎ、そして、二人の息子さんに伝え、日本の貴重な伝統芸能を守り育てる役割を果たし続けていらっしゃるのだなあと思いました。また、平成中村座は海外での公演(ニューヨークや ベルリン など)でも高く評価されるなど 日本の伝統文化紹介のためにも大いに貢献されていらっしゃいます。

なかでも 素晴らしいと思ったのは 「仮名手本忠臣蔵」の公演です。江戸時代から260年もの間伝承され続けている 代表的な題目で、浅草寺境内に 江戸さながらの仮設劇場を設置、朝の11時から夜9時くらいまでの長時間公演。しかも 役者ひとりひとりが何役もこなさなければならない(ちなみに勘太郎さんは一人8役、七之助さんは5役)かなり過酷な公演のようです。

「この忠臣蔵は 古典として特に代表作の一つですから しっかりとその芸を忠実に引き継いでいかなければならないと思う。」

こう語る 勘三郎さんの謙虚で かつ 真剣な眼差しが印象的でした。

おまけ豆知識
仮名手本忠臣蔵 の なぜ仮名手本っていうのでしょう?
昔は寺子屋では仮名文字の練習から始めましたが、「いろは」で習いました。「いろは」は47文字。赤穂浪士47士、この「手本」は、「武士の鏡」という意味でもあります。また、「忠臣蔵」の方も、この物語の主人公である、「忠臣」の鏡、大石内蔵助の「蔵」を暗示してるわけです。 

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2009年1月23日 (金)

もし、今、アインシュタイン博士に聞いてみたら・・・

Ico_note10 今日は ふと あの相対性理論で有名な アインシュタイン博士にインタビューしてみようと思います。(笑)(私の偏見と独断のインタビュー形式で博士の名言集を重ねて)

まず、手始めに 相対性理論ってどんなことでしょうか?

「熱いストーブの上に一分間手を載せてみてください。まるで一時間ぐらいに感じられるでしょう。ところがかわいい女の子と一緒に一時間座っていても、一分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性というものです。」

人類は おろかな破滅につながる第3次世界大戦に突入するのでしょうか?

「第三次世界大戦はどう戦われるでしょうか。わたしにはわかりません。
しかし、第四次大戦ならわかります。石と棒を使って戦われることでしょう。


人間について どう思われますか?

「人間の邪悪な心を変えるより、プルトニウムの性質を変えるほうがやさしい
無限なものは二つあります。宇宙と人間の愚かさ。前者については断言できませんが。
人は海のようなものである。あるときは穏やかで友好的。あるときはしけて、悪意に満ちている。ここで知っておかなければならないのは、人間もほとんどが水で構成されているということです。」


教育で大切なことは?

「何かを学ぶためには、自分で体験する以上にいい方法はない。
空想は知識より重要である。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む。
学校で学んだことを一切忘れてしまった時になお残っているもの、それこそ教育だ。」


博士にとって科学とは?

「この素晴らしい応用科学は労働を軽減し、生活をより豊かにしながら、なぜ我々に幸福をもたらしてくれないのか。答えは簡単である。我々がそれを有意義に利用するにいたっていないからである。
私たちはいつか、今より少しは物事を知っているようになるかもしれない。しかし、自然の真の本質を知ることは永遠にないだろう。
われわれが進もうとしている道が正しいかどうかを、神は前もって教えてはくれない。」

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2009年1月22日 (木)

世界遺産登録~日本は?

Ico_orizuru_s03 フジテレビの ザ・ベストハウス123 という番組を見ていましたら、日本の世界遺産登録時の感動的な逸話をいくつか放送していました。世界遺産という言葉はよく耳にしますが、その実体はあまりよく知りませんので、ちょっと調べてみようと思いました。

Wikipediaによりますと 
世界遺産(せかいいさん)とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて、世界遺産リストに登録された遺跡や景観そして自然など、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」(Outstanding universal value)をもつ不動産を指す。とあります。内容としては文化遺産 (顕著な普遍的価値をもつ建築物や遺跡など。) 自然遺産 (顕著な普遍的価値をもつ地形や生物、景観などをもつ地域。) 複合遺産 (文化と自然の両方について、顕著な普遍的価値を兼ね備えるもの。) また、内容上の分類ではないが、後世に残すことが難しくなっているか、その強い懸念が存在する場合には、該当する物件は危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト)に加えられ、別途保存や修復のための配慮がなされる事になっている

日本は、先進国では最後の1992年に世界遺産条約を批准し、同年の9月に125番目の加盟国となった。2008年現在の条約締約国は185か国である

現在、日本で登録されているものは 文化遺産11 自然遺産3
法隆寺地域の仏教建造物 - (1993年、文化遺産)
姫路城 - (1993年、文化遺産)
屋久島 - (1993年、自然遺産)
白神山地 - (1993年、自然遺産)
古都京都の文化財 - (1994年、文化遺産)
白川郷・五箇山の合掌造り集落 - (1995年、文化遺産)
原爆ドーム - (1996年、文化遺産)
厳島神社 - (1996年、文化遺産)
古都奈良の文化財 - (1998年、文化遺産)
日光の社寺 - (1999年、文化遺産)
琉球王国のグスク及び関連遺産群 - (2000年、文化遺産)
紀伊山地の霊場と参詣道 - (2004年、文化遺産)
知床 - (2005年、自然遺産)
石見銀山遺跡とその文化的景観 - (2007年、文化遺産)


戦争や人種差別など人類の犯した罪を証明するような物件も世界遺産に登録されている。明確な定義付けがされているわけではないが、これらは別名負の世界遺産(負の遺産)と呼ばれているもの、たとえばアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所、原爆ドーム、奴隷貿易の拠点であったゴレ島、マンデラ大統領が幽閉された島ロベン島などがある

Ico_orizuru_s02 広島の原爆ドームが 世界遺産に登録されるまでには さまざまな経緯があったようです。戦後 広島市が復興をする上で、市民の中には 見るたびに あの恐ろしいい原爆投下時を思い出すので早く取り壊してほしいと願う人たちも多く、また 市としても、保存していくには それなりの財源が必要となり 今は復興を優先させるべきということで、保存されるのはとても困難だとされていました。そんな折、1960年 被曝による急性白血病で 亡くなった ひとりの女子高生の日記に綴られていた

「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、おそるべき原爆のことを後世に訴えかけてくれるだろう」

このひとことが人々の心を強く動かし やがて保存を求める大きな運動に広がっていき、遂に広島市はこれを永久保存することを議決することになったのだそうです。そして、1996年には 世界遺産へ登録されました。このとき アメリカ合衆国は登録に強く反対し、調査報告書から、世界で初めて使用された核兵器との文字を削除させたそうです。また、中華人民共和国も、日本の戦争への反省が足りないとして、棄権に回ったそうです。

世界で唯一の被爆国家として、まさに原爆が投下された生々しさを 世界中の人々に、そして後世の人々に伝えていくことは他の国には決してできないとても大切な使命なのだと思います。もし、当時、取り壊す道を選んでいたら・・・・・とても悔やまれたのではないでしょうか?保存の道を進むことができて本当に良かったと思います。ただその陰に人々の心を動かしたひとりの女子高生の悲しい運命があったのですね・・・・・そして彼女の想いは人類に永遠の貴重なメッセージを残していったのですね・・・

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2009年1月21日 (水)

オバマ大統領就任演説&リンカーン大統領ゲティスバーグ演説

今 、オバマ大統領就任式の生中継を見ながら このブログを綴り始めました。

リンカーン記念館前広場が 気の遠くなるような多くの人々で埋め尽くされています。気温はかなり低いのだと思いますが、なんだか人々の熱気で 湯気が立ち昇っているようです。今、アメリカ合衆国の国民は 新たな未来の希望を この初のアフリカ系黒人大統領オバマ氏に託しているのです。

思えば、日米間初のアメリカからの衛生中継実験放送をみようと父と二人朝早く起きてテレビに向かっていた時、あの衝撃的な ケネディー大統領暗殺のニュースが飛び込んできた日が思い出されます。1963年11月22日今から46年前、私が中学3年生の時でした。

今、まさにオバマ大統領就任演説が行われています。そして 私は自宅で同時にそれを聴いています。現在では世界各国からの同時中継は当たり前のことになって、しみじみ世界は繋がっているのだと実感できます。人々の心もいつの日かきっとひとつに繋がる日が来るのだと信じたいですね。そして このオバマ大統領が世界を少しでもその方向へ導く大きな役割を担ってくれることを願わずにはいられません。

今日は二人の 自由と平等を象徴する アメリカ大統領の演説をとどめておきたいと思います。(全文ですのでかなり長文ですが興味のある方はお読みください。)

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オバマ米新大統領の就任演説(草稿全文) 
  毎日新聞 2009年1月21日 2時35分(最終更新 1月21日 6時35分)より

オバマ大統領就任演説:全文(1)恐れでなく希望を選んだ

 国民の皆さん

 私は今日、厳粛な思いで任務を前にし、皆さんの信頼に感謝し、我々の祖先が払った犠牲を心にとめて、この場に立っている。ブッシュ大統領が我が国に果たした貢献と、政権移行期間に示してくれた寛容さと協力に感謝する。

 これまで、44人の米国人が大統領としての宣誓を行った。その言葉は、繁栄の波と平和の安定の時期にも語られることもあったが、暗雲がたれ込め、嵐が吹きすさぶただ中で行われた宣誓もあった。こうした試練の時に米国が前進を続けられたのは、政府高官の技量と展望だけでなく、我々国民が、先達の理想と、建国の文書に忠実でありつづけたためでもある。

 それが我々の伝統だった。我々の世代にとっても、そうありつづける。

 だれもが知る通り、我々は重大な危機にある。わが国は(イラクやアフガニスタンで)戦争状況にあり、敵は憎悪と暴力のネットワークを持っている。経済状況も悪く、その原因は一部の人々の貪欲(どんよく)さと無責任さにあるものの、我々は困難な選択を避け、次世代への準備にも失敗している。

 多くの人々が家を職を失い、企業も倒産した。健康保険制度もカネがかかりすぎ、多くの学校(制度)も失敗した。毎日のように、エネルギーの使い方が地球を危険に陥れている証拠も挙がっている。

 これがデータや統計が示した危機だ。全米で自信が失われ、アメリカの没落は必然で、次の世代は多くを望めない、という恐れがまん延している。

 今日、私は我々が直面している試練は現実のものだ、と言いたい。試練は数多く、そして深刻なものだ。短期間では解決できない。だが知るべきなのはアメリカはいつか克服するということだ。

 この日に我々が集ったのは、恐れではなく、希望を選んだためで、争いの代わりに団結を選んだからだ。

 この日、我々は実行されない約束やささいな不満を終わらせ、これまで使い果たされ、そして政治を長いこと混乱させてきた独断などをやめる。それを宣言するためにやって来た。

 我々はいまだ若い国家だ。だが、聖書の言葉を借りれば「幼子らしいこと」をやめる時が来た。我々が、不朽の精神を再確認する時がきた。より良い歴史を選ぶことを再確認し、世代から世代へと受け継がれた高貴な理想と貴重な贈り物を引き継ぐ時が来た。それはすべての人々は平等、自由で最大限の幸福を追求する価値があるという、神の約束である。

 我々は今日、何世代もわたって受け継がれてきた我々の高貴な考え方と、我々の天から与えられた才能を、将来に受け継ぐことを再確認するためにも集った。それはすべての人は平等で、自由で、すべての人々が最大限の幸福を享受できるという神の約束でもある。

オバマ大統領就任演説:全文(2)立ち上がり、再建しよう

 我が国の偉大さを再確認する時、我々は偉大さが決して与えられたものでないことを理解する。自分で手に入れなければならないのだ。我々のこれまでの旅は、近道では決してなかったし、安易に流れるものでもなかった。それは心の弱い、仕事より遊びを好み、富と名声からの喜びのみを求める人々の道でもなかった。むしろ、リスクを選ぶ人、実行の人、創造の人の道だ。恵まれた人の場合もあるが、多くはその仕事については知られず、長く困難な道のりを歩み、我々を繁栄と自由へと運んでくれた人々だ。

 我々のために、彼らは、ないに等しい荷物をまとめ、海を渡って新しい生活を探した人々だ。

 我々のために、彼らは額に汗して働き、西部に住み着き、鞭(むち)打ちに耐え、硬い土地を耕してきた人々だ。

 我々のために、彼らは(米独立戦争の戦場の)コンコードや(南北戦争の)ゲティズバーグ、(第二次世界大戦の)ノルマンディーや(ベトナムの)ケサンで戦い、死んだ人々だ。

 歴史の中で繰り返しこうした男女がもがき、犠牲を払い、我々がよりよい生活を送れるように苦労してきた。彼らは、米国が我々の個人的な希望の集大成よりも大きい存在だと思っていた。生まれや富、党派の違いより偉大だと思っていたのだ。

 この旅を今日、我々は続けている。我々は今でも地上で最も繁栄し強力な国だ。我々の労働者は今回の危機が始まった時と同様、生産性は高い。発明心に富み、商品やサービスは先週、先月、昨年と同様に求められている。

 我々の能力は落ちていない。だが、過去に固執し、狭い利益しか守らず、面倒な決定は後回しにする時代は終わった。今日からは、我々は立ち上がり、ほこりを払い、アメリカ再建の仕事に取りかからねばならない。

 どこを見回してもすべき仕事がある。経済状況は、大胆で迅速な行動を求めている。我々は新しい職場の創造だけでなく、成長のため新しい基盤を作らねばならない。

 我々は道路や橋、電線やデジタル通信網をつくり、我々の商業を支え、我々の結びつきを強めなければならない。我々は科学を本来あるべき場所に引き戻し、技術を活用し医療の質を引き上げると共にコストを下げる。

 太陽、風や土壌を使って我々の自動車の燃料とし、工場を動かす。我々の学校や単科大、大学を新たな時代の要請にあわせるようにする。これらすべてが我々には可能だ。これらすべてを我々は実行するのだ。

 我々の志の大きさに疑問をはさむ人もいる。我々のシステムでは大きすぎる計画は達成できないという人々だ。彼らは覚えていないのだ。彼らはすでにこの国が成し遂げたことを忘れているのだ。想像力が共通の目的に出会った時、必要が勇気と出会った時、自由な男女に達成できることを忘れているのだ。

 皮肉屋が理解できないのは、彼らが寄って立つ地面が動いたということだ。我々を余りに長期間、消耗させた使い古しの政治論議はもはや適用されない。今日、我々が問うのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、機能しているかどうかだ。家庭が人並みの収入を得られるよう仕事を見つけ、威厳をもって引退できるよう助けているかどうかだ。

 答えが「イエス」の施策は継続する。「ノー」の施策は廃止する。公金を預かる我々は、説明責任を果たさなければならない。適切に支出し、悪い習慣を改め、誰からも見えるように業務を行う。それによって初めて、国民と政府の間の重要な信頼を回復できる。

 市場が正しいか悪いかも、我々にとっての問題ではない。富を生み出し、自由を拡大する市場の力は比肩するものがない。だが、今回の金融危機は、注意深い監視がなされなければ、市場は制御不能になり、豊かな者のみを優遇する国は長く繁栄することはできないことを我々に気付かせた。

 我々の経済の成功は国内総生産の規模だけでなく、繁栄が享受される範囲や、望む人すべてに機会を広げる能力にかかってきた。慈善としてではなく、公共の利益に通じる最も確実な道としてだ。

 我々の防衛一般に関しては、我々の理想と安全のどちらかを選ぶという間違った考えを拒絶する。建国の父らは、想像もできないような危険に直面しながら、法の支配と人権を確約する憲章を起草し、それは何世代もの血で拡大されてきた。これらの理想はいまだに世界を照らし、我々は方便のためにこれらをあきらめることはない。

 だから、我々を今見ている他の民族や政府に対して言いたい。巨大な都市から、私の父が生まれたような最も小さな村まで、米国は平和で尊厳ある将来を求めるすべての国々とすべての男女、そして子どもの友人であり、もう一度、指導力を発揮する用意があることを知ってほしい、と。

 先人がミサイルや戦車を使うのみならず、信念と確固たる同盟をもってファシズムや共産主義に勇敢に立ち向かったことを思い出そう。先人は軍事力だけが我々を守るのではないことや、またそれを好き勝手に使えないことを知っていた。

 代わりに、彼らは慎重にそれを使うことで力が増し、安全は目的の正しさからと、他国の手本となる振る舞い、謙虚さや自制心から発することを知っていた。

オバマ大統領就任演説:全文(3)イラク撤退、温暖化防ぐ

 我々はこの遺産を引き継ぐ。これらの原理に再び導かれ、解決により一層の努力が求められる新しい脅威に対抗できる。我々は責任を持ってイラクから撤退し始め、イラク人に国を任せる。そしてアフガンでの平和を取り戻す。古くからの友人とかつての敵と共に、核の脅威を減らすために絶えず努力し、さらに地球の温暖化とも戦う。

 我々の生き方について言い訳はしないし、それを断固として守る。無実な人々を殺したり、脅迫で自己の目的の実現を図る者に対し、告げる。我々の意思の方が強く、我々の意思を曲げることはできない。我々の方が長く生き、そして打ち負かす。

 我々の多様な出自は強みであり、弱みではない。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教者の国だ。地球上の津々浦々から来たあらゆる言語と文化で形作られている。内戦(南北戦争)や人種差別という苦い経験もしたが、その暗い時代をへて、我々はより強くなり、きずなも深くなった。かつての憎しみはいずれ消え、我々を分け隔てた壁はいずれ消える。世界が小さくなるにつれ、我々が共通に持つ人類愛が出現する。そしてアメリカは平和の時代をもたらす役割を果たさねばならない。

 イスラム世界との関係では、互いの利益と互いの敬意を基本として共に歩む方法を探す。対立をあおったり、国内の社会問題が生じた責任を西側世界に押しつけようとする指導者たちよ、何を壊すかでなく、何を築けるかで、国民に評価されることを知るべきだ。

 腐敗、策略、口封じで権力にしがみつく指導者たちは、大きな歴史の過ちを犯していることを知るべきだ。しかし、その握りこぶしをほどくならば、我々も手を差し伸べる。

 貧しい国々の人々には、我々が一緒に汗を流すことを約束する。農地が豊かになり、きれいな水が流れるようにし、空腹を満たすとともに、飢えた心も満たす。そして我々のように比較的豊かな国々は、国外での苦しみに無関心でいたり、影響を気にとめずに、地球の資源を浪費はできない。世界は既に変革しており、我々もそれに合わせて変わらなければならない。

 我々は進む道を熟慮しながらも、今まさに、遠く離れた砂漠や山々で警戒に当たる勇敢なアメリカ人たちへ謙虚に、そして感謝の念を持ち、思いをはせる。彼らは今日、我々に教訓を与えてくれる。アーリントン国立墓地に眠る英雄たちと同じように。彼らが自由の守護者だからだけでなく、彼らは奉仕の精神を体現し、自分たち自身よりも偉大なものが存在し、それに意味を見いだす人たちだからこそ、たたえる。そして、この歴史的な瞬間に、まさにこの精神を我々がみな共有しなければいけない。

 政府の能力や義務は、究極的には米国民の信念と決意が決定する。それは、堤防が決壊した時に見知らぬ人をも招き入れる親切や、友人が仕事を失うことになるよりも、自分の労働時間を削ってでも仕事を分け合おうという労働者たちの無私無欲のおかげで、最も暗い時を切り抜けることができる。煙に満ちた階段を駆け上がる消防士の勇気や、子どもを育てる親たちの意志が、最終的に我々の運命を決定付ける。

オバマ大統領就任演説:全文(4止)新時代への責任を

 我々の挑戦は新しいのかもしれない。それに立ち向かうための道具も、新しいかもしれない。我々が成功するかどうかは、労働と誠実さ、勇気、フェアプレー、忍耐、好奇心、忠誠心や愛国心にかかっている。古くから言われていることだ。だが、真実だ。それは歴史を進歩させた静かな力だった。今求められているのは、こうした真理への回帰だ。新しい責務を果たすべき時代だ。我々米国人一人ひとりが、自分自身や国家や世界に義務を負っていることを認識し、こうした義務を嫌々ではなく、喜んで受け入れることだ。私たちにとって、困難な仕事に全力で立ち向かうことほど、自らの性格を定義し、精神をみたすものはない。

 これが市民であることの代償と約束だ。これが私たちの自信の源泉だ。神が未知の運命を自らの手で形作るよう、我々に求めたものだ。

 なぜ男性も女性も子供たちも、どのような人種、宗教の人々も、こうして就任式に集まることができるのか。なぜ約60年前は地方のレストランで差別された父親の息子が、こうして皆さんの前で宣誓式に臨むことができるのか。これこそが、我々の自由、我々の信条の意味なのだ。

 我々が誰なのか、我々がどれほど遠くまで旅してきたか。今日という日を、それを記憶に刻む日にしよう。

 アメリカ建国の年、最も寒かった時、愛国者たちは氷で覆われた川岸で、たき火のそばに寄り添い合った。首都は見捨てられ、敵は進軍し、雪は血で染まった。独立革命が本当に実現するか不確かな時、建国の父たちは、この言葉をきちんと読むよう求めたのだ。

 「未来の世界に語られるようにしよう。厳寒の中で希望と美徳だけが生き残った時、共通の脅威にさらされた国や地方が前に進み、それに立ち向かうと」。

 アメリカよ。共通の脅威に直面した非常に困難なこの冬に、これら永遠の言葉を忘れないでいよう。希望と美徳をもって、この氷のような冷たい流れに勇敢に立ち向かおう。そしてどんな嵐が来ようとも耐えよう。

 将来、我々の子孫に言われるようにしよう。試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、たじろぐことも後戻りすることもしなかったということを。我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、自由という偉大な贈り物を前に送り出し、それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。 


リンカーン ゲティスバーグ演説     1863.11.19

アメリカ ペンシルバニア ゲティスバーグ近くの戦場にて

87年前に、われわれの祖先はこの大陸に新たな国を作り上げました。その国は自由という理念の上に打ち立てられ、全ての人は生まれながらにして平等であるという考えに捧げられていました。

いまわれわれは大きな内戦のさなかにいます。この国が、というより自由という理念の上に打ち立てられ、全ての人は生まれながらにして平等であるという考えに捧げられた国が、永続するかどうかを試されているのです。われわれは、この戦争の激戦の戦場に集まっています。

われわれは、この国が生き永らえるよう、ここで命を投げたした人々にとって、この戦場の一部を最終的な安息の地として捧げるためにやってきました。われわれがこうすべきなのは、まったく正しく適切であります。

しかし、より大きな意味でとらえれば、われわれには捧げることはできません、われわれには呈することはできません、つまりわれわれにはこの地を捧げることはできないのです。勇敢なる者で、生き残ったにせよ、戦死したにせよ、ここで奮闘したものだけが、この土地を捧げてきたのです。われわれの微力では、それにつけ加えたり減じたりすることはできないのです。世界はここでわれわれが言ったことにはたいして注意を払いもしなければ、後世まで記憶することもないでしょう。しかし勇敢なるものがここでなしとげたことは、決して忘れられることはないのです。

ここで戦ったものがこれまで気高く推し進めてきた未完の仕事に、ここで新たに身を捧げるのはむしろ生き残ったわれわれです。ここでわれわれの前に残されている大事業に、ここで身をささげるのはむしろわれわれなのです。その大事業とは、われわれがこれらの名誉の戦死からいよいよ決意をもって、戦死者が全力をもって身を捧げた大義へと身を捧げることです。その大事業とは、これらの戦死者の死を無駄にしないようにと固く誓うことです。その大事業とは、神の庇護のもとにこの国に新たな自由が生まれるようにすることです。その大事業とは、人民の、人民による、人民のための政治をこの地上から滅びないようにすることなのです

Lincoln's Gettysburg Address, given November 19, 1863
on the battlefield near Gettysburg, Pennsylvania, USA

Four score and seven years ago, our fathers brought forth
upon this continent a new nation:  conceived in liberty, and
dedicated to the proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great civil war. . .testing whether
that nation, or any nation so conceived and so dedicated. . .
can long endure.  We are met on a great battlefield of that war.

We have come to dedicate a portion of that field as a final resting place
for those who here gave their lives that this nation might live.
It is altogether fitting and proper that we should do this.

But, in a larger sense, we cannot dedicate. . .we cannot consecrate. . .
we cannot hallow this ground.  The brave men, living and dead,
who struggled here have consecrated it, far above our poor power
to add or detract.  The world will little note, nor long remember,
what we say here, but it can never forget what they did here.

It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished
work which they who fought here have thus far so nobly advanced.
It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining
before us. . .that from these honored dead we take increased devotion
to that cause for which they gave the last full measure of devotion. . .
that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain. . .
that this nation, under God, shall have a new birth of freedom. . .
and that government of the people. . .by the people. . .for the people. . .
shall not perish from this earth.

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2009年1月20日 (火)

最近、小耳にはさんだ ちょっと素敵な言葉(パート3)

役者というものは 舞台での 束の間の夢の瞬間を 
     人々の心の中に永遠のものとして 焼き付けることができる
                (松本幸四郎)


50年間 心ときめかしてやってこられたことが幸せだったと思う
                (王 貞治)


車とか 衣服とか にはあまり興味がわかないんですよね・・
  なんか お金では買えないものが好きですね  波とか風とか サーフィン好きです。
                (坂口 憲二)

ある人の ふとした瞬間に 自然に口からこぼれでたさりげない一言は、その人の心の奥底に常に大事にしている事柄を実によく映し出していると思います。

松本幸四郎さんのこの言葉の中には瞬間、瞬間 人々の心に一生残るような凝縮された場面を全力投球で創り出していきたい!という役者としての強い意気込みが感じられます。
 
王監督の 野球の現場から去る時の この言葉には、いかなる時も 前向きに 情熱をもって 真剣に野球と向き合ってきた人生であったかを物語っていますよね。

月並みですが、それぞれに与えられた一度の人生、無理なく 自然体に でも情熱と真剣さを忘れずに抱き続けていけたら幸せだなあと思います。

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2009年1月19日 (月)

アメリカ大統領演説の魅力~流れる詩のごとく

Ill_tsuru03 オバマ氏の大統領就任式まであとわずかとなりました。きっと その就任演説も後世に語り継がれるものとなることでしょう。さて、今日は過去のいくつかのアメリカ大統領名演説のフレーズを味わってみようかなと思います。これら演説は 何と言いますか流れるリズムがあり まるで詩のようですね。

アメリカ独立宣言
1776年7月4日 アメリカ東部13州がイギリスからの独立を宣言したもので、大陸会議(the Continental Congress)にて採択された。このため、7月4日はアメリカ合衆国の独立記念日として毎年盛大に祝われる。起草はトーマス=ジェファーソンら


~「我らは以下の諸事実を自明なものと見なす.すべての人間は平等につくられている.創造主によって,生存,自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている.これらの権利を確実なものとするために,人は政府という機関をもつ.その正当な権力は被統治者の同意に基づいている.いかなる形態であれ政府がこれらの目的にとって破壊的となるときには,それを改めまたは廃止し,新たな政府を設立し,人民にとってその安全と幸福をもたらすのに最もふさわしいと思える仕方でその政府の基礎を据え,その権力を組織することは,人民の権利である~

~We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness.--That to secure these rights, Governments are instituted among Men, deriving their just powers from the consent of the governed, --That whenever any Form of Government becomes destructive of these ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government, laying its foundation on such principles and organizing its powers in such form, as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness~.


原文は米国国立公文書館  National Archives and Records Administration (NARAに厳重に保管されていて、もしも非常事態が生じた場合(究極、核兵器で攻撃された場合であっても、地下奥深くに一気に沈められ、安全に保管されるとのことです(ですから たとえ、アメリカ合衆国が消え失せたとしても 独立宣言原文だけは 確実に残存させるということですね。)アメリカ国民にとって独立宣言がいかに重みのあるものかが分かりますね・・・


J.F ケネディ 大統領就任演説より
1961年1月20日
~そして、わが同胞のアメリカ人よ、あなたの国家があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたがあなたの国家のために何ができるかを問おうではないか。わが同胞の世界の市民よ アメリカがあなたのために何をしてくれるかではなく、われわれと共に人類の自由のために何ができるかを問おうではないか。~

~And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you -- ask what you can do for your country.
My fellow citizens of the world: ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man.~

ケネディーの母親は ケネディー兄弟に夕食の前には、必ずテーマを決めてスピーチさせていたそうです。なるほど 幼いころから スピーチの訓練を積み重ねていたということですね。


ビル・クリントン第二期大統領就任演説より
1997年1月20日
~この日の希望をわれわれの歴史のもっともすばらしい時期としよう。そうだ、われわれの橋をかけよう。すべてのアメリカ国民が祝福された新しい約束の地にたどりつけるほど、大きくそして頑丈な橋を。
まだ顔見ぬ世代や、その名前もわれわれは知らない世代が、ここにいるわれわれにこう言うことを祈ろう。われわれが、愛する土地を全てのアメリカの子供たちに生きたアメリカンドリームをもたらす新しい世紀に導いたと。すべての人々にとって、より完全に連合したアメリカの約束が現実となるような新しい世紀に、そしてアメリカの激しい自由の炎が全世界に広がる新しい世紀に導いたと。~

~. Let us shape the hope of this day into the noblest chapter in our history. Yes, let us build our bridge..A bridge wide enough and strong enough for every American to cross over to a blessed land of new promise
May those generations whose faces we cannot yet see, whose names we may never know, say of us here that we led our beloved land into a new century with the American Dream alive for all her children; with the American promise of a more perfect union a reality for all her people; with America's bright flame of freedom spreading throughout all the world~


結構 素晴らしい演説をされていたのですね!彼が生まれる前に実父は自動車事故で亡くなり。継父はアル中で家庭内暴力とかなり不遇の少年時代を過ごしたようですね・・・「日本では クリントン大統領に関しては 女性関係のスキャンダルのほうがより印象的に報道されていましたからね・・・・・高校在学中の1963年の夏、ホワイトハウスに招かれてケネディ大統領と握手する映像は今となってはなかなかドラマティックです。

オバマ氏 大統領選勝利の演説 オバマ氏の演説とオバマ夫人  をご覧ください。

訳文はhttp://hw001.gate01.com/katokt/ より抜粋 

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2009年1月18日 (日)

ブログは感謝の手紙かな??

Ico_heart7 以前、加藤シズエさん(1897-2001 日本初の女性国会議員、産児調節運動のマーガレット・サンガー夫人と出会い、以後産児調節運動と女性解放運動を起こす。)が100歳近くだったと思うのですが、長生きの秘訣は?という質問に、「毎日  何度も感動すること。テレビで誰かのお話がすごく良かったり、新聞や雑誌の記事の中にも感動することがたくさんあって、それで感動させてくれた方にはできるだけ感謝のお手紙を書くようにしている」と答えていらっしゃったのがとても印象的でした。

ふと、私が こうして ほぼ毎日ブログを書いているということも 何かに感動し、それを より噛みしめる形で その感動に感謝の気持ちを込めながら綴っていることなのだと思えました。そして、ある時には そのブログが 直接、ご本人の目に留まって その感動、そして感謝の気持ちをお伝えすることができる可能性もあるのです。

先日 ある歌手のリサイタルに出かけましたが、それは 今まで出会ったコンサートと一味違っていて、その歌手の まだこれから開花するであろう作曲家、作詞家たちの才能への限りない信頼と優しさが溢れていたことも とても新鮮で、素敵だったのです。それでそのコンサートへの感動と感謝を綴ったところ、後日 そのブログに ご本人からのコメントを頂いたのです。とてもびっくりしましたが、嬉しかったです。まるで感謝のお手紙が 直接届いたようで・・・・・

ブログは 便箋 封筒 切手を介さずに 時として こんな形で役割も果たしてくれるのですね・・・・これからも どんどん日々のちょっとした感動を楽しみながら、噛みしめながら綴っていくことにしましょうっと!!

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2009年1月17日 (土)

無感動からは何も生まれない、変わらない

Ico_ougi_r01 今から40年前の1969年(昭和44年)1月18日、19日、全学共闘会議(全共闘)が占拠していた東京大学本郷キャンパスを警視庁が封鎖解除を行ったいわゆる東大安田講堂事件が起きました。当時、警視庁側で現場指揮担当であった佐々淳行 氏は 「今の時代、独りよがりな若者の陰湿な殺人事件が多すぎる。 政治や社会に無関心で自分のことしか考えないような学生ばかりで、あの当時のように自分の将来を棒に振ってまでも熱病のように社会問題に抗議するような学生が全く皆無な世の中でよいものかどうか・・・」と当時のことを思い浮かべながら こう語っていらっしゃいました。

この事件の影響で、この年の東京大学の入学試験は中止され、次年度の入学者は0人となったのですから(実際、私の高校時代のクラスメイトで 2浪までして東大を目指していた人は東大受験を断念せざるを得ませんでした・・・) 今ではとても考えられない事態が多くの学生たちの手で、引き起こされていたのですからね・・・

何かを強く感じ、 損得抜きに動かずにはいられない・・・若者の特権のような気がしていましたが・・・

確かに 現代は 多くの無感動で受動的な若者を作りだしてきてしまったように思われます。もっと自由に感じて 発想して そして 勇気を出して一歩を踏み出せる・・・・そんな若者らしい若者がもっとたくさん存在する日本であってほしいと思います。そこから 何かが始り、大きく変わっていけるはずですから・・・そして 誤って戦争への道を歩まない日本でいるためにも・・・

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2009年1月16日 (金)

温泉と野生猿~日本の心を伝える

Ill_fuji06 以前 ブータンという国についての番組を見たとき、この国の潔い決断に 感心したことがありました。一時的に 観光立国を試みたブータンでしたが、先祖代々最も大切に守ってきた豊かな自然が破壊されていくことに大きな危機感をもった国民は、あっさりとその道を放棄したということです。つまり、普通の国々が陥りやすい 金儲けのための乱開発や、旅行客を呼び寄せるためにツアー料金のコストダウンに必死になることなく、元の状態に戻ることができたのです。もちろん そのために ブータンへのツアー料金は 他の国々に比べるとかなり割高であることは事実です。

「ブータンを訪れてくださる方々には、その滞在期間中 どうぞブータンの国民になったつもりで、ブータンの精神、文化 生活をじっくりと体得していっていただきたい。」

いわゆる薄利多売ではなく 縁あって 訪問してくれるひとりひとりに 誇りを持って自国の精神文化を味わってもらう・・・・素敵ですね

地獄谷野猿公苑:温泉に入る野生猿、豪州人らに人気 長野。

世界で唯一、野生猿が温泉に入る姿を観察できる長野県山ノ内町の「地獄谷野猿公苑(やえんこうえん)」が、オーストラリア人スキー客らを中心に外国人観光客の人気スポットになっている。円高にもかかわらず主な周辺スキー場の豪州人宿泊予約率は前年比で約2倍、金融危機後もキャンセルはほとんどないという。地元は、今後も伸びる余地があるとみて、さらなる誘客に取り組む。
 野生猿200匹がおり、雪をかぶりながら温泉につかるユーモラスな姿が米写真誌「ライフ」の表紙を飾ったことも。年間入場者9万人の約2割が白馬や志賀高原などでスキーやスノーボードを楽しむ外国人観光客だ。
 信州・長野県観光協会によると、01年の米同時多発テロ以降、豪州のスキー客は北海道に流れ始め、4年前から長野への流入が本格化。
東京から新幹線で1時間半という立地の良さに加え、善光寺など観光スポットに恵まれているのも強みという。(毎日新聞 2009年1月6日 より)


日本においても こうした多くの外国からの観光客のみなさんに できるだけ 日本らしい衣食住の特色、日本の心を旅館のみなさんが そのメッセンジャーとなって工夫して、誇りを持って伝えていっていただいたらよいなあーと思いました。 

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2009年1月15日 (木)

使い捨て VS MOTTAINAI

Icon_yukidaruma3 世界的な不況が渦巻いて、多くの人々が 厳しい生活を強いられています。過去にも バブル崩壊後、日本が 不景気に見舞われた時期がありましたが、その当時は いわゆる新興国はまだまだ上昇気流に乗っていて経済的に拡大成長していたかと思いますが、今回は それとは まったく別もののようです。世界中の全ての国が一斉に不景気に見舞われているということです。ひとつも勝ち組がないということ・・・

不景気になると 消費が落ち込む・・・ ものが売れなくなる ・・・ 儲からなくなる・・・ 賃金が下がる 雇用が減る・・・ 消費を控えるようになる・・・ものがさらに売れなくなる・・・さらに儲からなくなる・・・ 

これを デフレスパイラルというそうですが・・・

それでは この解決として 今までと同じような新たな消費を産むために 使い捨てを続けることが 果たしてよいのでしょうかね?・・・・やはり この考えは どこか 不自然で 安定感がなく 無理があるような気がするのです。なにより 地球の有限性を無視しているという点が問題だと思うのです。

しばらくは 試行錯誤の連続かもしれませんが、今後はきっと MOTTAINAI 精神が反映した新たな産業の誕生につながっていくのではないかと思います。そして もはや、使い捨て 大量消費を必要とする大量生産型の時代は 徐々に後退し、もっと 多くの人々にとって精神的にも 現実的にも利益をもたらすであろう公共的役割の強いNPOなどが社会の中で今より大きな役割を果たし、そこで働く人たちも増えていく、そんな時代へ徐々に移行していくとよいのではと思うのですが・・・・

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  、 

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2009年1月14日 (水)

家具との対話?

Rimg0258 このところ 巨樹とか森林浴、フィトンチッドなど 木々のことをあれやこれや思いを馳せたせいでしょうか、木製の家具に新たな想いが湧いてきました。

このところ 忙しさにかまけて、掃除がやや手抜きとなっていましたので、昨日は 家具の埃をじっくりと掃ってみました。カップボード、サイドボード、飾棚、テレフォンチェア、チェスト ワゴン、これらは 結婚当初に数年かけて買い求めたお気に入りの木製(樫の木)のもので、我が家にきてから もう35年以上になります。そのほか、飾棚には新婚旅行にいった北海道で記念に買ってきました40センチほどの 網走刑務所の受刑者手づくりのニポポ人形(写真)が飾ってあります。 

ひとつひとつ 磨いていくうちに ふと、それぞれの家具の元の樹木が大地に生えて、その葉っぱを風にそよがせている姿が浮かんでくるような気がしました。そして ほんとうに縁あって その樹木が 家具や人形に姿を変えて我が家にやってきて 35年もの間 ずっとともに過ごしてきたんだなあと思うと、埃まみれになんかしていては申し訳ないなあって 強く思えました。

この世に存在するすべてのものには、存在する意味がある・・・・そしてそれらの物に愛着を持つことができるのは人間だけかもしれない・・・・これからは 物との出会いももっと大切に・・・心のどこかにそっと抱きながら暮らしてみようかな なんて 想い巡らす 一味違ったお掃除タイムとなりました。

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2009年1月13日 (火)

森林浴~フィトンチッドって?

Mado_f3 1930年ごろロシアのボリス・トーキンという人が、植物を傷つけるとその周囲にいる細菌などが死ぬ現象を発見したそうです。彼は、これを植物が細菌を殺す何かを発生しているのではないかと考えました。フィトンチッドは「植物」を意味する「Phyto」と「殺す」を意味する「cide」から作られた言葉だそうです。

以前 植物の次のような話を聞いたことがあります。

あるところの樹木を切り倒したところ、その周辺の樹木のタンニン(防御物質)が通常より増えたそうです。このことは 何らかの形で、植物には 身の危険を感じ、それを他へ伝達をしているのではないかということなのです。

また、これは実験によるものですが、ある部屋に2鉢のサボテンを置いておいて、突然 ひとりの男が その一つを床にたたきつけます。その後、 残りのサボテンに電流をつけて、 数名の男が 次々にそのサボテンに近づいたところ、まさに サボテンを床にたたきつけた男が近づくと 大きく反応したというのです。自分を危害を与える何かにしっかりと反応しているということですよね?

植物は 動物と違い、移動できない分、驚くほどその防御能力が発達しているのではないかと思います。ですから、フィトンチッドのような物質(微生物の殺菌力にすぐれた揮発性物質で、森林の香りの成分でもあるようです。)の漂う空間である森林には 私たち人間にとっても 生物として きっと生き延びるための大切な何か・・科学的(免疫力アップ)にも 精神的にも大きな効果があることは大いに期待できますよね。森林浴の効果・・・想像を超える優れモノのような気がします。

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2009年1月11日 (日)

奈良の魅力の秘密?

Rimg0099 昨年の秋 母と奈良に滞在し 日本の古都を思う存分満喫しました。母娘、大和路の旅 (写真は平城京跡 朱雀門)

その時の奈良の印象は 歴史的な名所の宝庫であるにも関わらず、思いのほか 乱開発されずに いにしえの空気そのものが脈々と途切れずに今日まで続いているなーというものでした。そして、東京では決して味わえない ゆったりとした時の流れを感じたのです。

そんな奈良の思いがけない秘密(?)が判明したのです。「ウソバスター」という番組をご存知ですか? 世間ではほとんどの人が常識と考えているような事柄のうち、かなりのものが ホントではない ということを解明していくという番組です。その中で 法隆寺、東大寺など日本でも有名な史跡が数多く存在する奈良県の観光宿泊客数は 都道府県の中でも上位である これはホントか?ウソか?というものがありました。 約90%の人がホントと思っていたとのことですが、実はこれは ウソ。 事実は47都道府県中47位 つまり 最下位なのだそうです。また宿泊施設の数も 46位と下から2番目ということです。ちょっと驚きですが、なるほど だからこそ、観光施設開発のために大規模に土が掘り起こされることなく、昔のままの あのたたずまいがあちこちに残存していて、あのそこはかとないいにしえの香りがいまなおしっかりと味わえるのですね・・・・

滞在中、感激したことのひとつに、宿泊した 奈良ホテルの部屋のすぐ前に 松の原生林があって、そこにひょっこり 野生のシカが お散歩に現れたことです。なんとも言えず優雅な感じで、21世紀の比較的大きな日本の都市のホテルの一室とは思えませんでした。

来年は 710年に日本で初めて大規模な首都平城京が奈良に誕生して1300年ということを記念していろいろ催しが予定されています。そのための宿泊施設などの拡大も計画されているようですが、個人的には あの奈良の優雅なたたずまいをできるだけ損なわないものであってほしいと心から願っています。決して無理な開発などに走らずに・・・・    

239 邪馬台国(やまたいこく)の女王卑弥呼(ひみこ)が中国(魏(ぎ))に使いを送る。

538  大和王権(おうけん)が日本を統一(とういつ)しはじめる。(300~400ごろ)
538  大陸(朝鮮(ちょうせん)半島)から仏教(ぶっきょう)が伝わる。

593飛鳥時代 
607 法隆寺(ほうりゅうじ)が建てられる。遣隋使(けんずいし)が始まる。
630  遣唐使(けんとうし)が始まる。
645  大化の改新が始まる。
694  都を飛鳥から藤原京(ふじわらきょう)に移(うつ)す。

710 奈良時代
710  都を奈良(なら)に定める(平城京(へいじょうきょう)。
752  東大寺の大仏(だいぶつ)がつくられる。
754  中国(唐(とう))から僧鑑真(そうがんじん)が渡来(とらい)する。
759  鑑真(がんじん)が唐招提寺(とうしょうだいじ)を建てる。
768  春日大社が建てられる。

794 平安時代
794 都を平安京に移(うつ)す(平安京)


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2009年1月10日 (土)

巨樹に想いを寄せて~倉沢のヒノキ!

Ill_tree01 以前 「それぞれの時間軸」でも書いたのですが、みなさんは、何百年もの歳月を経て今、存在する 巨木、巨樹には何か不思議な魅力を感じませんか?ちなみに 幹周3m以上5m未満のものを巨木、5m以上を巨樹というそうです。幹周は 地上1.3mの幹回りを測定したものだそうです。中には20m以上の巨樹もあるようです。、

最近 なんとなく日常の忙しさに追われていたのでしょうか、巨木・巨樹に触れてみたいなあーとすごく思えるようになりました。それで、都内にある巨樹といわれるものを探してみましたところ、中でも、ぜひ訪ねてみたいと思ったのが「倉沢のヒノキ」です。樹齢1000年とも言われ、幹周は6.1m 樹高33mとのことです。私が この巨樹に特に魅力を感じましたのは 何より 種からの天然自生木であるということです。

たった一粒のヒノキの種が 大地に落ちて、そこから かわいらしい芽が出て、そして 人間にとっては 気の遠くなるような1000年もの歳月を落雷、強風、などの多くの危機を乗り越えて生き抜いて、いまそこにそのまま存在していると思うと、なんだか胸が熱くなりませんか?・・・

この巨樹には 日本で初めて木の頂上部に3本の避雷針が立てられ、落雷の危険から守られているそうです。また落ちた枝からは まだまだヒノキの心地よい香りが漂い その生命力の強さを示してくれているようです。自生木としては都内最大、読売新聞社が選定した「新日本名木百選」にも選ばれています。

ぜひ、この木に会いに行きたい・・・そしてそっと触れてみたいと思っています。

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2009年1月 9日 (金)

カルシウム満点~桜エビ

D_suboshisakura60 9日は 朝から晩まで 東京ドームで開催されています ふるさと祭り東京(1/9~1/12) で桜エビの売り子をしてきました。活動中のNGOの 仲間だったM青年が 実家の家業(駿河湾の桜エビ加工業)を継ぐため ふるさと静岡県に戻って頑張っていて、今回初めて 出店販売するということで、お手伝いを頼まれたわけです。

今回の販売に際して 桜エビの豆知識を身につけてお客さんの呼び込みをしました。張り切りすぎたせいか 声が若干嗄れています。

みなさんは 桜エビのことご存知ですか? 
桜エビは からだは小さくてもカルシウム、リン、蛋白質などの栄養成分が、豊富に含まれています。殻ごと食べられる桜エビは、カルシウムが特に多く含まれていて なんと牛乳のおよそ6倍も含まれているとのことです。今後、加齢とともに 骨粗鬆症が気になり、若干牛乳が苦手な私にとっては カルシウムを補ううえでも 積極的に食べていきたい食材の一つです。

また素干し桜エビ製造に関しては乾燥状態 水分がどれだけ取り除かれたか 大きく影響してきます。水分の残留が多くなると その分重くなってしまい、たとえば同じ100グラムといっても桜エビの数は 少なくなってしまうわけです。それに十分に水分が抜けていないと 臭みが出てきてしまう原因にもなるそうです。

そのほか、特に気をつけなければならないのは 桜エビ と称して 台湾などの小エビが売られているケースも結構あるみたいです。

M青年のご実家は駿河湾の買付資格をもつ老舗ということですので、最高級の無添加無着色の安全な桜エビが提供できているようですのでご紹介したいと思います。
株)カネジョウhttp://www.kanejo.jp/

桜エビはまだまだ日常的には食べられていない食材のようですね。お年寄りのカルシウム補充に 桜エビ、お薦めで~す!!!

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2009年1月 8日 (木)

草食人間? 肉食人間??

Ico_takarabune1 以前に養豚の現状のような番組を見て しばらくの間 生の豚肉が料理できなくなってしまったことを「養豚にまつわるエピソード」に 書いたことがありますが、どちらかといいますと、私は 豚肉や牛肉を食べなくても平気で、生きていけるような気がするのですが、娘などは、積極的にお肉料理を食べたいほうのようです。人間にも草食系?肉食系があるみたいですね。

よく ベジタリアン って聞きますが、 その意図する理由はいろいろあるみたいですね。そのひとつにお肉には栄養素以外の含有成分に 体内老廃物や尿素、尿酸、焦性ブドウ酸、プトマインなどが含まれ、その解毒のため腎臓などに負担をかけ、胆石の原因となるようです。また屠殺時の恐怖により分泌されたアドレナリンの残留や、体に入ると尿酸に変化するという最近よく聞きます「プリン体」も肉や魚、ビールに多く含まれるようです。尿酸は、尿と一緒排泄される老廃物で、これが血管に付着すると動脈硬化の原因になり、腎臓や尿管で固まると結石に変化し、さらに、毛細血管から染み出して、関節に溜まると、激痛をともなう痛風にかかるということらしいです。 その他にも、動物性脂肪を摂りすぎると、ガンに罹るリスクも増大するらしいです。牛肉などを毎日食べている人は、そうでない人に比べて、大腸ガンの発生率が2.5倍も高いという報告もあるようです。またコレステロールの問題などによる心臓疾患 高血圧などいろいろ出てくるようです。

そのほか、 家畜のえさの穀物の観点から、エネルギーの効率問題や、変な話 家畜のゲップによるメタンガス発生による地球温暖化への影響なども考えられるそうです。
(このメタンガスをう全面的に電気に変えることも工夫するとよいかもしれません)

こうしてみますと、 美味しいからと極端にお肉ばかり食べるのはあまり身体には良くないし、自然環境や地球温暖化にもよくないようですね。

栄養的には穀物と少しの豆類を組み合せて食べると、人体のほとんどを構成するたん白質のもととなる必須アミノ酸を全て摂取できるともいわれています。ですから、納豆、豆腐の味噌汁 漬物、醤等をおかずにご飯を食べることは 結構 意味があるみたいですね。

今後は、肉類を少し減らして 豆類を意識して 食べるようにするとよいかもしれませんね。

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2009年1月 7日 (水)

ファイト!~心打つ本物の応援歌

Ico_koma 暮れに NGO仲間の若いスタッフと カラオケに 行きました。その時彼女が 歌ってくれた曲の中に 中島みゆきさんの ファイト! という曲がありました。

歌詞を 追って 歌を聴いているうちに なぜか涙が溢れてきてしまいました。・・・・悲しいとか、可哀想とか そういうのとは違うのです・・・・・今までに聞いたことのない 心の底からの応援歌・・・たぶん 中島みゆきさんの 無限に広がる真の優しさと そして力強さが 私の心の奥底に響いてきたのだと思います。

後日 その若いスタッフが こんなメッセージと共に YOU TUBE のアドレスを送ってくれました。

「仕事なんかで 落ち込んだ時 いつも聴きます。なんだか元気が出るんです・・・」

http://www.youtube.com/watch?v=7g2kdcM-mwo


ファイト!  詞・曲・歌 中島みゆき

あたし中卒やからね 仕事をもらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の文字は とがりながらふるえている
ガキのくせにと頬を打たれ 少年たちの眼が年をとる
悔しさを握りしめすぎた こぶしの中 爪が突き刺さる

私 本当は目撃したんです 昨日電車の駅 階段で
ころがり落ちた子供と つきとばした女のうす笑い
私 驚いてしまって 助けもせず叫びもしなかった
ただ恐くて逃げました 私の敵は 私です

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
光ってるのは傷ついてはがれかけた鱗が揺れるから
いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
やせこけて そんなにやせこけて魚たちのぼってゆく

勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく闘いの
出場通知を抱きしめて あいつは海になりました

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

薄情もんが田舎の町にあと足で砂ばかけるって言われてさ
出てくならおまえの身内も住めんようにしちゃるって言われてさ
うっかり燃やしたことにしてやっぱり燃やせんかったこの切符
あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

あたし男だったらよかったわ 力ずくで男の思うままに
ならずにすんだかもしれないだけ あたし男に生まれればよかったわ

ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく
諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

ファイト!

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2009年1月 6日 (火)

最近、小耳にはさんだ ちょっと素敵な言葉(パート2)

Ill_fuusen01  最近 各局の番組に 心に響く 感動する ちょっといい話を取り上げるものが増えてきたように感じますが、気のせいでしょうか??

人生が変わる1分間の深イイ話(毎週月曜日夜9時放送 日本テレビ) という 番組をご存知ですか?今日はその中から 印象に残ったものを 1つ 

1987年。西ベルリンで行われた「ベルリン市制750年祭典」で、7千発の花火が夜空を彩った。実はこの花火、日本の花火師・佐藤勤さんらが打ち上げたもの。初めて見る日本の花火の美しさに、ベルリン市民は深く感動。

しかし、それ以上に市民の心を打ったのは、佐藤さんの記者会見での言葉だった。
それは…
佐藤「ベルリンの地上には壁がありますが、空に壁はありません。
   日本の花火はどこから見ても同じように見えます。
   西のお方も東のお方も、楽しんで下さい。」


翌日、佐藤さんのこの言葉はドイツの朝刊の一面を飾った。
ベルリンの壁が取り払われたのは、その2年後の事である。
                 (深イイ話サイトより抜粋



素敵な言葉ですね、 思えば あの当時だって、空を飛ぶ鳥や 風は 自由に行き来できていたのですよね・・・・・唯一 人間だけが イデオロギーというものに阻まれて壁を越えることができなかった・・・・ただ、ただいとしい人に会いたい一心で壁を越えようとして尊い命が奪われたこともあった(西側の記録では60名もの人が射殺されているようです) ・・・壁が取り壊された今になってみると、いかに人間って悲しく愚かな生き物であったかがわかるのですよね・・・・同じドイツ人同士だったのに・・・・ 

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2009年1月 5日 (月)

ガザ地区~複雑なパレスチナ問題

Ico_ani_tsuru1_3   地上部隊 ガザ地区に進攻開始・・・・ますます泥沼化して多くの幼い命を含む犠牲者が増えていきます。爆撃音や 銃撃音の連続の中で逃げ惑いながら日常生活を強いられている人々が 現にこの瞬間にもいるのですね・・・・
いわゆるパレスチナ問題は 気の遠くなるような複雑な問題が絡み合ってそう簡単に解決できないことがわかります。

ユダヤ人は紀元70年に祖国パレスチナを追われた・・・・パレスチナの土地は神がユダヤ人に与えた地であり、再びそこにユダヤ人の国家を建設するのは当然であると、旧約聖書を解釈、ユダヤ人が続々と入植・・・アラブとユダヤの対立へ・・・・その後、当初から不当なパレスチナ分割案が1947年11月29日国連総会で可決される・・・これにあたってシオニストとアメリカによる猛烈な多数派工作が展開されたということです。アメリカ大統領トルーマンの

「ユダヤ人は票になるが、アラブ人は票にならない」

実にいやな言葉です・・・・

この国連分割案ではわずか6%ほどの土地所有者であったユダヤ人にバレスチナ全土のほぼ3分の2が与えられたのだそうです。客観的に見ても パレスチナにとっては不平等で気の毒な気がします。その後も数回の中東戦争を経て さらにパレスチナは80パーセントの領域を失うことになるのです。

いずれにしても 武力による解決は 憎しみが憎しみを生み続けていってしまうでしょう。パレスチナの銃を持たない子供たちは、銃を持ったイスラエルの兵士に対して石を投げ続けている・・・・なんて悲しい話ではありませんか・・・・

今はただ、このように無意味に多くの生命がいとも簡単に失われていくような武力による解決から新たな共存への展開に少しずつ脱皮できる人類であってほしいと願い続けることしかできないのがとてもとても虚しいです・・・

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2009年1月 4日 (日)

母を囲んでの新年会

Ico_hagoita 今日は 母を中心に兄(息子)夫婦 私(娘)夫婦、兄の長女(母の孫)夫婦、その娘(母にとって曾孫)、兄の長男(母の孫)夫婦、私の娘(母の孫) 総勢11名がそろっての新年会でした。

今から 70年近く前に、父の母親(私にとっては祖母)が 墓参りに来ていた19歳の母を見染めて、父とのお見合いが実現し、二人は夫婦となりました。(嘘のような話ですが・・・)残念ながら 父は 23年前に亡くなっていますが、 母は今も 元気に私と暮らしています。今、私たち兄妹にできる最高の親孝行は どんな高価なプレゼントより、子や孫や曾孫が健康に仲良く暮らして、年に一度みんながこうして顔を合わせる機会を作ることかなあと思っています。

父と母が出会って その後の新たな命に繋がってきている・・・みんなの顔を見ながら、しみじみそのことを噛みしめました。そして、もし、叶うなら、亡き父から娘へ無言で伝わったメッセージ

    あるがままに、真実 、真心・・・・そして果てしない宇宙空間・・・・

Ico_hane2 これが 無理なく さりげなく 未来のどこかの命の中に繋がっていってくれたなら素敵だなあと思いました。

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2009年1月 3日 (土)

虹色の夢名言集(新春に寄せて)

Ico_kagamimochi2 2009年 新春に寄せて

過去から学び、今日のために生き、未来に希望を持て。大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。(Albert Einstein)

最も強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが生き残るのでもない。唯一生き残るのは変化できるものである。(英生物学者: Charles Robert Darwin)

私たちの生き方には二通りしかない。奇跡など全く起こらないかのように生きるか、すべてが奇跡であるかのように生きるかである。(Albert Einstein)

自分を励ます最上の方法、それは誰かを励まそうと努力すること。(米作家: Mark Twain)

心というものは、時として知識を超えた高みに上がることがありますが、どうしてそこに達したのかを証明することはできません。すべての偉大なる発見は、そのような飛躍を経たものです。(Albert Einstein)

新しいアイデアを持った人は、そのアイデアがうまく行くまでは、ただの変人である。(米作家: Mark Twain)

神は読んだ本の数や、立てた手柄の数など問いません。ただ、あなたが天のもとで、自分を精いっぱい生かしたかを問うだけです。(Mother Teresa)

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2009年1月 2日 (金)

初詣~母の思い出散策

Ico_hamaya1 毎年 母と共に元日に明治神宮への初詣をしていたのですが、今年は 今日2日午前中に行ってみることにしました。元日と比べ 驚くほど 人出が少なく 入場制限などもなく とても いい感じでした。

母は 明治神宮の最寄りの駅、小田急線参宮橋のすぐ近くの町で生まれました。毎年、母の生まれ育った町を散策しながら 母は幼いころの思い出話を語り、幼いころの風景を思い浮かべながら二人明治神宮まで向かいます。

今では スーパーマーケットになっている母の生家、母が小学生のころ、今から80年くらい前に建てられ、今も残存している母の従兄の木造の家、マンションに変ってしまった酒屋さん、今では建設会社の社員寮に変わってしまったけれど 昔と変わらぬ からたちの生け垣のある幼馴染の友の大きなお屋敷跡、当時、とてもモダンで素敵だった大きな西洋館跡、唱歌「春の小川」のモデルとなった河骨川(こうほねがわ)という小川が流れていた辺りなどなど・・・

橋の上から 小田急線の線路工事(当時は、つるはしを使っての工事だったそうです)を見ていたという幼い日の母、 代々木練兵場(現在の代々木公園)の飛行機をよく見にいっていたという小学生だった母・・・、

あとどれだけ こうして母娘の初詣が叶うのでしょう?・・・・・・・
1月9日、母は 86歳の誕生日を迎えます。

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2009年1月 1日 (木)

2009ニューイヤーコンサート~イスラエルの良心をこめて

Ico_ougi_tsuru07 2009年、東京の元日は とても穏やかな陽射しのまぶしい一日となりました。実母と夫と私の三人で 新年のお祝いをしました。今年も三人揃って 元気に新たな年を迎えることができたこと、本当に嬉しく思いました。 

年に一度だけ交わす年賀状で懐かしい人々の顔をひとりひとり浮かべ、午後は 夫と運だめしに 散歩がてら近所のパチンコに出かけました。結果は?・・・近年稀にみる二人揃っての大爆裂!ちょっとできすぎです(笑)

夜は 毎年恒例の  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の伝統的なニューイヤーコンサートをじっくりと聴きました。今年の指揮者はダニエル・バレンボイム氏でした。

彼は アルゼンチン出身のユダヤ人ピアニスト・指揮者で、現在の国籍はイスラエルです。彼はイスラエルによるヨルダン川西岸地区やガザ地区の占領に批判の声を上げ続けています。(アラブ諸国とパレスチナの主張する、西岸とガザでの主権を放棄し「パレスチナ国家」を樹立するという主張に沿う発言をしているのです。)

1999年には、親しい友人でパレスチナ系アメリカ人学者故エドワード・サイード氏とともに、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団の創設、毎年、イスラエルとアラブ諸国の若き、才能あふれる演奏家たちと共に 紛争の解決への祈りをこめてイスラエル占領地区での慰問演奏などを試みています。イスラエルの良心を込めて パレスチナ問題に心を痛めながら・・・・少なくとも このオーケストラではイスラエルとアラブ諸国の若き演奏家たちは心を一つにしているのです・・・・

今年のニューイヤーコンサート・・・・指揮するダニエル・バレンボイム氏の顔に時々 現在もなおイスラエルの空爆によって多くの子供や老人の犠牲者が出ているガザ地区のニュース映像が重なってしまって、とても心が痛みました・・・ハマスのロケット弾・・・イスラエルエルの空爆・・・どれだけ犠牲者が出たら人類はこのような悲惨な紛争を克服できるのでしょう・・・・国境のない音楽世界のように・・・・

幸せがいっぱい横たわる穏やかな地球・・・・今年も描き続けながら私なりにできることを模索していきたいと思います。

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