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2009年1月21日 (水)

オバマ大統領就任演説&リンカーン大統領ゲティスバーグ演説

今 、オバマ大統領就任式の生中継を見ながら このブログを綴り始めました。

リンカーン記念館前広場が 気の遠くなるような多くの人々で埋め尽くされています。気温はかなり低いのだと思いますが、なんだか人々の熱気で 湯気が立ち昇っているようです。今、アメリカ合衆国の国民は 新たな未来の希望を この初のアフリカ系黒人大統領オバマ氏に託しているのです。

思えば、日米間初のアメリカからの衛生中継実験放送をみようと父と二人朝早く起きてテレビに向かっていた時、あの衝撃的な ケネディー大統領暗殺のニュースが飛び込んできた日が思い出されます。1963年11月22日今から46年前、私が中学3年生の時でした。

今、まさにオバマ大統領就任演説が行われています。そして 私は自宅で同時にそれを聴いています。現在では世界各国からの同時中継は当たり前のことになって、しみじみ世界は繋がっているのだと実感できます。人々の心もいつの日かきっとひとつに繋がる日が来るのだと信じたいですね。そして このオバマ大統領が世界を少しでもその方向へ導く大きな役割を担ってくれることを願わずにはいられません。

今日は二人の 自由と平等を象徴する アメリカ大統領の演説をとどめておきたいと思います。(全文ですのでかなり長文ですが興味のある方はお読みください。)

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オバマ米新大統領の就任演説(草稿全文) 
  毎日新聞 2009年1月21日 2時35分(最終更新 1月21日 6時35分)より

オバマ大統領就任演説:全文(1)恐れでなく希望を選んだ

 国民の皆さん

 私は今日、厳粛な思いで任務を前にし、皆さんの信頼に感謝し、我々の祖先が払った犠牲を心にとめて、この場に立っている。ブッシュ大統領が我が国に果たした貢献と、政権移行期間に示してくれた寛容さと協力に感謝する。

 これまで、44人の米国人が大統領としての宣誓を行った。その言葉は、繁栄の波と平和の安定の時期にも語られることもあったが、暗雲がたれ込め、嵐が吹きすさぶただ中で行われた宣誓もあった。こうした試練の時に米国が前進を続けられたのは、政府高官の技量と展望だけでなく、我々国民が、先達の理想と、建国の文書に忠実でありつづけたためでもある。

 それが我々の伝統だった。我々の世代にとっても、そうありつづける。

 だれもが知る通り、我々は重大な危機にある。わが国は(イラクやアフガニスタンで)戦争状況にあり、敵は憎悪と暴力のネットワークを持っている。経済状況も悪く、その原因は一部の人々の貪欲(どんよく)さと無責任さにあるものの、我々は困難な選択を避け、次世代への準備にも失敗している。

 多くの人々が家を職を失い、企業も倒産した。健康保険制度もカネがかかりすぎ、多くの学校(制度)も失敗した。毎日のように、エネルギーの使い方が地球を危険に陥れている証拠も挙がっている。

 これがデータや統計が示した危機だ。全米で自信が失われ、アメリカの没落は必然で、次の世代は多くを望めない、という恐れがまん延している。

 今日、私は我々が直面している試練は現実のものだ、と言いたい。試練は数多く、そして深刻なものだ。短期間では解決できない。だが知るべきなのはアメリカはいつか克服するということだ。

 この日に我々が集ったのは、恐れではなく、希望を選んだためで、争いの代わりに団結を選んだからだ。

 この日、我々は実行されない約束やささいな不満を終わらせ、これまで使い果たされ、そして政治を長いこと混乱させてきた独断などをやめる。それを宣言するためにやって来た。

 我々はいまだ若い国家だ。だが、聖書の言葉を借りれば「幼子らしいこと」をやめる時が来た。我々が、不朽の精神を再確認する時がきた。より良い歴史を選ぶことを再確認し、世代から世代へと受け継がれた高貴な理想と貴重な贈り物を引き継ぐ時が来た。それはすべての人々は平等、自由で最大限の幸福を追求する価値があるという、神の約束である。

 我々は今日、何世代もわたって受け継がれてきた我々の高貴な考え方と、我々の天から与えられた才能を、将来に受け継ぐことを再確認するためにも集った。それはすべての人は平等で、自由で、すべての人々が最大限の幸福を享受できるという神の約束でもある。

オバマ大統領就任演説:全文(2)立ち上がり、再建しよう

 我が国の偉大さを再確認する時、我々は偉大さが決して与えられたものでないことを理解する。自分で手に入れなければならないのだ。我々のこれまでの旅は、近道では決してなかったし、安易に流れるものでもなかった。それは心の弱い、仕事より遊びを好み、富と名声からの喜びのみを求める人々の道でもなかった。むしろ、リスクを選ぶ人、実行の人、創造の人の道だ。恵まれた人の場合もあるが、多くはその仕事については知られず、長く困難な道のりを歩み、我々を繁栄と自由へと運んでくれた人々だ。

 我々のために、彼らは、ないに等しい荷物をまとめ、海を渡って新しい生活を探した人々だ。

 我々のために、彼らは額に汗して働き、西部に住み着き、鞭(むち)打ちに耐え、硬い土地を耕してきた人々だ。

 我々のために、彼らは(米独立戦争の戦場の)コンコードや(南北戦争の)ゲティズバーグ、(第二次世界大戦の)ノルマンディーや(ベトナムの)ケサンで戦い、死んだ人々だ。

 歴史の中で繰り返しこうした男女がもがき、犠牲を払い、我々がよりよい生活を送れるように苦労してきた。彼らは、米国が我々の個人的な希望の集大成よりも大きい存在だと思っていた。生まれや富、党派の違いより偉大だと思っていたのだ。

 この旅を今日、我々は続けている。我々は今でも地上で最も繁栄し強力な国だ。我々の労働者は今回の危機が始まった時と同様、生産性は高い。発明心に富み、商品やサービスは先週、先月、昨年と同様に求められている。

 我々の能力は落ちていない。だが、過去に固執し、狭い利益しか守らず、面倒な決定は後回しにする時代は終わった。今日からは、我々は立ち上がり、ほこりを払い、アメリカ再建の仕事に取りかからねばならない。

 どこを見回してもすべき仕事がある。経済状況は、大胆で迅速な行動を求めている。我々は新しい職場の創造だけでなく、成長のため新しい基盤を作らねばならない。

 我々は道路や橋、電線やデジタル通信網をつくり、我々の商業を支え、我々の結びつきを強めなければならない。我々は科学を本来あるべき場所に引き戻し、技術を活用し医療の質を引き上げると共にコストを下げる。

 太陽、風や土壌を使って我々の自動車の燃料とし、工場を動かす。我々の学校や単科大、大学を新たな時代の要請にあわせるようにする。これらすべてが我々には可能だ。これらすべてを我々は実行するのだ。

 我々の志の大きさに疑問をはさむ人もいる。我々のシステムでは大きすぎる計画は達成できないという人々だ。彼らは覚えていないのだ。彼らはすでにこの国が成し遂げたことを忘れているのだ。想像力が共通の目的に出会った時、必要が勇気と出会った時、自由な男女に達成できることを忘れているのだ。

 皮肉屋が理解できないのは、彼らが寄って立つ地面が動いたということだ。我々を余りに長期間、消耗させた使い古しの政治論議はもはや適用されない。今日、我々が問うのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、機能しているかどうかだ。家庭が人並みの収入を得られるよう仕事を見つけ、威厳をもって引退できるよう助けているかどうかだ。

 答えが「イエス」の施策は継続する。「ノー」の施策は廃止する。公金を預かる我々は、説明責任を果たさなければならない。適切に支出し、悪い習慣を改め、誰からも見えるように業務を行う。それによって初めて、国民と政府の間の重要な信頼を回復できる。

 市場が正しいか悪いかも、我々にとっての問題ではない。富を生み出し、自由を拡大する市場の力は比肩するものがない。だが、今回の金融危機は、注意深い監視がなされなければ、市場は制御不能になり、豊かな者のみを優遇する国は長く繁栄することはできないことを我々に気付かせた。

 我々の経済の成功は国内総生産の規模だけでなく、繁栄が享受される範囲や、望む人すべてに機会を広げる能力にかかってきた。慈善としてではなく、公共の利益に通じる最も確実な道としてだ。

 我々の防衛一般に関しては、我々の理想と安全のどちらかを選ぶという間違った考えを拒絶する。建国の父らは、想像もできないような危険に直面しながら、法の支配と人権を確約する憲章を起草し、それは何世代もの血で拡大されてきた。これらの理想はいまだに世界を照らし、我々は方便のためにこれらをあきらめることはない。

 だから、我々を今見ている他の民族や政府に対して言いたい。巨大な都市から、私の父が生まれたような最も小さな村まで、米国は平和で尊厳ある将来を求めるすべての国々とすべての男女、そして子どもの友人であり、もう一度、指導力を発揮する用意があることを知ってほしい、と。

 先人がミサイルや戦車を使うのみならず、信念と確固たる同盟をもってファシズムや共産主義に勇敢に立ち向かったことを思い出そう。先人は軍事力だけが我々を守るのではないことや、またそれを好き勝手に使えないことを知っていた。

 代わりに、彼らは慎重にそれを使うことで力が増し、安全は目的の正しさからと、他国の手本となる振る舞い、謙虚さや自制心から発することを知っていた。

オバマ大統領就任演説:全文(3)イラク撤退、温暖化防ぐ

 我々はこの遺産を引き継ぐ。これらの原理に再び導かれ、解決により一層の努力が求められる新しい脅威に対抗できる。我々は責任を持ってイラクから撤退し始め、イラク人に国を任せる。そしてアフガンでの平和を取り戻す。古くからの友人とかつての敵と共に、核の脅威を減らすために絶えず努力し、さらに地球の温暖化とも戦う。

 我々の生き方について言い訳はしないし、それを断固として守る。無実な人々を殺したり、脅迫で自己の目的の実現を図る者に対し、告げる。我々の意思の方が強く、我々の意思を曲げることはできない。我々の方が長く生き、そして打ち負かす。

 我々の多様な出自は強みであり、弱みではない。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教者の国だ。地球上の津々浦々から来たあらゆる言語と文化で形作られている。内戦(南北戦争)や人種差別という苦い経験もしたが、その暗い時代をへて、我々はより強くなり、きずなも深くなった。かつての憎しみはいずれ消え、我々を分け隔てた壁はいずれ消える。世界が小さくなるにつれ、我々が共通に持つ人類愛が出現する。そしてアメリカは平和の時代をもたらす役割を果たさねばならない。

 イスラム世界との関係では、互いの利益と互いの敬意を基本として共に歩む方法を探す。対立をあおったり、国内の社会問題が生じた責任を西側世界に押しつけようとする指導者たちよ、何を壊すかでなく、何を築けるかで、国民に評価されることを知るべきだ。

 腐敗、策略、口封じで権力にしがみつく指導者たちは、大きな歴史の過ちを犯していることを知るべきだ。しかし、その握りこぶしをほどくならば、我々も手を差し伸べる。

 貧しい国々の人々には、我々が一緒に汗を流すことを約束する。農地が豊かになり、きれいな水が流れるようにし、空腹を満たすとともに、飢えた心も満たす。そして我々のように比較的豊かな国々は、国外での苦しみに無関心でいたり、影響を気にとめずに、地球の資源を浪費はできない。世界は既に変革しており、我々もそれに合わせて変わらなければならない。

 我々は進む道を熟慮しながらも、今まさに、遠く離れた砂漠や山々で警戒に当たる勇敢なアメリカ人たちへ謙虚に、そして感謝の念を持ち、思いをはせる。彼らは今日、我々に教訓を与えてくれる。アーリントン国立墓地に眠る英雄たちと同じように。彼らが自由の守護者だからだけでなく、彼らは奉仕の精神を体現し、自分たち自身よりも偉大なものが存在し、それに意味を見いだす人たちだからこそ、たたえる。そして、この歴史的な瞬間に、まさにこの精神を我々がみな共有しなければいけない。

 政府の能力や義務は、究極的には米国民の信念と決意が決定する。それは、堤防が決壊した時に見知らぬ人をも招き入れる親切や、友人が仕事を失うことになるよりも、自分の労働時間を削ってでも仕事を分け合おうという労働者たちの無私無欲のおかげで、最も暗い時を切り抜けることができる。煙に満ちた階段を駆け上がる消防士の勇気や、子どもを育てる親たちの意志が、最終的に我々の運命を決定付ける。

オバマ大統領就任演説:全文(4止)新時代への責任を

 我々の挑戦は新しいのかもしれない。それに立ち向かうための道具も、新しいかもしれない。我々が成功するかどうかは、労働と誠実さ、勇気、フェアプレー、忍耐、好奇心、忠誠心や愛国心にかかっている。古くから言われていることだ。だが、真実だ。それは歴史を進歩させた静かな力だった。今求められているのは、こうした真理への回帰だ。新しい責務を果たすべき時代だ。我々米国人一人ひとりが、自分自身や国家や世界に義務を負っていることを認識し、こうした義務を嫌々ではなく、喜んで受け入れることだ。私たちにとって、困難な仕事に全力で立ち向かうことほど、自らの性格を定義し、精神をみたすものはない。

 これが市民であることの代償と約束だ。これが私たちの自信の源泉だ。神が未知の運命を自らの手で形作るよう、我々に求めたものだ。

 なぜ男性も女性も子供たちも、どのような人種、宗教の人々も、こうして就任式に集まることができるのか。なぜ約60年前は地方のレストランで差別された父親の息子が、こうして皆さんの前で宣誓式に臨むことができるのか。これこそが、我々の自由、我々の信条の意味なのだ。

 我々が誰なのか、我々がどれほど遠くまで旅してきたか。今日という日を、それを記憶に刻む日にしよう。

 アメリカ建国の年、最も寒かった時、愛国者たちは氷で覆われた川岸で、たき火のそばに寄り添い合った。首都は見捨てられ、敵は進軍し、雪は血で染まった。独立革命が本当に実現するか不確かな時、建国の父たちは、この言葉をきちんと読むよう求めたのだ。

 「未来の世界に語られるようにしよう。厳寒の中で希望と美徳だけが生き残った時、共通の脅威にさらされた国や地方が前に進み、それに立ち向かうと」。

 アメリカよ。共通の脅威に直面した非常に困難なこの冬に、これら永遠の言葉を忘れないでいよう。希望と美徳をもって、この氷のような冷たい流れに勇敢に立ち向かおう。そしてどんな嵐が来ようとも耐えよう。

 将来、我々の子孫に言われるようにしよう。試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、たじろぐことも後戻りすることもしなかったということを。我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、自由という偉大な贈り物を前に送り出し、それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。 


リンカーン ゲティスバーグ演説     1863.11.19

アメリカ ペンシルバニア ゲティスバーグ近くの戦場にて

87年前に、われわれの祖先はこの大陸に新たな国を作り上げました。その国は自由という理念の上に打ち立てられ、全ての人は生まれながらにして平等であるという考えに捧げられていました。

いまわれわれは大きな内戦のさなかにいます。この国が、というより自由という理念の上に打ち立てられ、全ての人は生まれながらにして平等であるという考えに捧げられた国が、永続するかどうかを試されているのです。われわれは、この戦争の激戦の戦場に集まっています。

われわれは、この国が生き永らえるよう、ここで命を投げたした人々にとって、この戦場の一部を最終的な安息の地として捧げるためにやってきました。われわれがこうすべきなのは、まったく正しく適切であります。

しかし、より大きな意味でとらえれば、われわれには捧げることはできません、われわれには呈することはできません、つまりわれわれにはこの地を捧げることはできないのです。勇敢なる者で、生き残ったにせよ、戦死したにせよ、ここで奮闘したものだけが、この土地を捧げてきたのです。われわれの微力では、それにつけ加えたり減じたりすることはできないのです。世界はここでわれわれが言ったことにはたいして注意を払いもしなければ、後世まで記憶することもないでしょう。しかし勇敢なるものがここでなしとげたことは、決して忘れられることはないのです。

ここで戦ったものがこれまで気高く推し進めてきた未完の仕事に、ここで新たに身を捧げるのはむしろ生き残ったわれわれです。ここでわれわれの前に残されている大事業に、ここで身をささげるのはむしろわれわれなのです。その大事業とは、われわれがこれらの名誉の戦死からいよいよ決意をもって、戦死者が全力をもって身を捧げた大義へと身を捧げることです。その大事業とは、これらの戦死者の死を無駄にしないようにと固く誓うことです。その大事業とは、神の庇護のもとにこの国に新たな自由が生まれるようにすることです。その大事業とは、人民の、人民による、人民のための政治をこの地上から滅びないようにすることなのです

Lincoln's Gettysburg Address, given November 19, 1863
on the battlefield near Gettysburg, Pennsylvania, USA

Four score and seven years ago, our fathers brought forth
upon this continent a new nation:  conceived in liberty, and
dedicated to the proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great civil war. . .testing whether
that nation, or any nation so conceived and so dedicated. . .
can long endure.  We are met on a great battlefield of that war.

We have come to dedicate a portion of that field as a final resting place
for those who here gave their lives that this nation might live.
It is altogether fitting and proper that we should do this.

But, in a larger sense, we cannot dedicate. . .we cannot consecrate. . .
we cannot hallow this ground.  The brave men, living and dead,
who struggled here have consecrated it, far above our poor power
to add or detract.  The world will little note, nor long remember,
what we say here, but it can never forget what they did here.

It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished
work which they who fought here have thus far so nobly advanced.
It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining
before us. . .that from these honored dead we take increased devotion
to that cause for which they gave the last full measure of devotion. . .
that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain. . .
that this nation, under God, shall have a new birth of freedom. . .
and that government of the people. . .by the people. . .for the people. . .
shall not perish from this earth.

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ソロンゴのお気に入り」カテゴリの記事

コメント

私も見てました。今も見てます。ケネディのことを思い出したのも一緒です。私はその時は中三の模試の日の朝でした。

就任演説と、ゲティスバーグの演説、全文のせてくれてありがとうござます。ゆっくり読ませてもらいます。

それにしてもこれだけの量を打ち込むなんてすごいですね。ブラインドタッチではやいんでしょうね。

投稿: kanon | 2009年1月21日 (水) 06時31分

kanonさん コメントありがとうございます。私と全く同じ世代でいらっしゃるみたいですね。ケネディー暗殺の事件の当日は私も模擬テストの朝だったと記憶しています。団塊の世代ですから きっと同じ体験をされた方が多くいらっしゃるのでしょうね。

今さらのように 多くの民族が集まった多民族国家アメリカと 単一に近い(もちろん厳密には違いますが)島国の日本との歴史の違いを強く感じました。建国 独立を勝ち取った といった言葉が 今なお力強くアメリカの国民の精神の中に息づいているのだと感じた就任式でした。

投稿: ソロンゴ | 2009年1月21日 (水) 10時22分

それから 演説の全文は コピー&貼り付けで行っています。私は 正直な話 全く打ち込むのは苦手です。

投稿: ソロンゴ | 2009年1月21日 (水) 10時35分

the Gettysburg Addressの中のconceived in libertyを「自由という理念の上に打ち立てられ」とされますが、libertyの何処から「自由という理念」がくるのでしょうか。私見によれば、Liberty(Bliss Copyによる)とは12(のちに13)colonies のことです。彼らは1774年10月20日にthe Associationを締結し、これによってthe Unionが成立します。このUnionは、a new nationの胎児に相当します。つまり、第1文は①母体(Liberty)への着床、②受胎に対する期待と願望、③誕生、の3段階が時系列として述べられているとみます。なお、libertyはGodと共に2語だけが頭に大文字を持ってきていますが、これは2語が固有名詞であることを示すもの、と考えます。アマゾンKindle版の拙著「The Gettysburg Addressを読み解く(2019)」をご覧頂ければ幸いです。

投稿: 小林 宏 | 2019年6月 3日 (月) 11時08分

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