いろは歌~日本の言葉の奥深さ・・・
昨日は 母が時々、ご法話を聞きにいっている 東京親鸞会の集まりに 初めて兄と3人で出席してみました。 私の実家の宗派は浄土真宗で 今までは あまり興味がなかったのですが、やはり 兄と二人 還暦を過ぎたせいでしょうかどんな感じのものなのか ちょっと顔を出してみようということになったのです。
昨日のご法話は 2001年に「中陰の花」で第125回芥川賞受賞された 作家・福聚寺住職(臨済宗) 玄侑 宗久師(げんゆう そうきゅう)の「いろは歌 と 阿弥陀さま」でした。玄侑 宗久師は 若いころ、多くのユニークな経験を積まれた方のようで、多方面にわたる話題が盛り込まれ、興味深く拝聴しました。
「いろは歌 と 阿弥陀さま」
ということで、 思えば 私にとって 「いろは歌」 というものは 今まで 無縁であったようで とてもお恥ずかしい話、暗唱もあやぶまれる感じです。みなさんは すらすらと出てきますか?
いろは にほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす
今日のご法話では仏教的解釈として 世に無常偈(むじょうげ)として知られる『涅槃経』の偈「諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽」の意(訳)であるとのお話でした。
い ろ は に ほ へ と ち り ぬ る を
色は匂へど 散りぬるを
諸行無常 ショギョウ ムジョウ
万物は常に生成・変化・消滅しており,一時もとどまってはいない
わ か よ た れ そ つ ね な ら む
我が世誰ぞ 常ならむ
是生滅法 ゼショウ メツホウ
生あるものは必ず滅びる
う ゐ の お く や ま け ふ こ え て
有為の奥山 今日越えて
生滅滅已 ショウメツ メツイ
生まれ死ぬという無常の現世を超越して,悟りの境地に至り
あ さ き ゆ め み し ゑ ひ も せ す
浅き夢見じ 酔ひもせず
寂滅為楽 ジャクメツ イラク
煩悩に満ちた現世を脱し,生死の苦から解き放たれたとき,真の楽しみの境地が開かれる
なるほど・・・・
私は いろは歌 というものを 単に、手で書く日本語の文字を覚えるために、すべての文字を一回づつ使って、覚えやすい歌の形にしたもの(手習い歌というそうですが、)だと思っていましたから 今回 とても興味深かったです。すべての文字を一回づつ使っ作られていることだけでも すごいことだと思えるのに、さらにこのような仏教の奥深い教えが盛り込まれていたなんて ほんとうに驚いてしまいました。と同時に 何といいいますか・・・・日本の言葉の奥深さにとても感動しました。
ただし、いろは歌には 通俗書が多いようですが、最近、暗号が埋め込まれている可能性が指摘されるにつれ、表面上の文意にも異なった意味が込められている可能性や、暗号とからめて二重三重の意味なども指摘されるようになってきているとのことです。
手習い歌として他にも有名なものがあるようで、これが また 実にうまく作られていていて一人感心してしまいました。見事にすべての文字を一回づつ使っているのですからね!
天地の歌(あめつちのうた)
あめ つち ほし そら 天 地 星 空
やま かは みね たに 山 川 峰 谷
くも きり むろ こけ 雲 霧 室 苔
ひと いぬ うへ すゑ 人 犬 上 末
ゆわ さる おふ せよ 硫黄 猿 生ふ 為よ
えのえ※を なれ ゐて 榎の 枝を 馴れ 居て
明治36年に、新聞で新しい「いろは歌(国音の歌)」が募集され、通常のいろはに、「ん」を含んだ48文字という条件で作成されました。一位には、坂本百次郎氏の歌が選ばれ、「とりな順」として、戦前には「いろは順」とともに広く使われていたそうです。
鳥啼歌(とりなくうた)
とりなくこゑす ゆめさませ 鳥啼く声す 夢覚ませ
みよあけわたる ひんかしを 見よ明け渡る 東を
そらいろはえて おきつへに 空色栄えて 沖つ辺に
ほふねむれゐぬ もやのうち 帆船群れゐぬ 靄の中
実に見事じゃありませんか?!
平成の 手習歌 でも募集したら きっと 世相を反映した面白いものができるかもしれませんね
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