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2009年7月 1日 (水)

運命の糸が何かを織りなしていく・・・・

Ico_kasa_b 先日 オーラの泉 という番組で 横綱白鵬が その運命を変えた たった一晩の出来事について話していました。

2000年 15歳の白鵬少年は 相撲を習いに来日し、数か月後 共に滞日したモンゴル人仲間の入門が次々に決まる中、小柄でやせっぽち(当時は174㎝くらい 体重も60kg以下 ちなみに現在は192㎝ 151kg)のこの少年には どこの部屋からも 声がかからなかったそうです。 そして結局 12月のある晩 彼は 傷心のまま 家族へのお土産をいっぱいカバンに詰め込んで 翌朝の帰国を待つだけとなっていたのだそうです。その時、可哀想に思った 周囲の計らいで 簡単な電話だけのやり取りで 今の宮城野部屋への入門が決まったのだそうです。それにしても あまりにも小柄な白鵬少年に当時、親方は びっくりしたそうです。そしてあまり大きな期待はかけていなかったのだそうですが・・・・その少年が7年後 日本の角界に 第69代横綱 としてその名を残すことになったのですからね・・・

たった 数時間の出来事で ひとりのモンゴルの少年の運命が大きく変わったのです・・・・

運命を変えた 出来事をもう一つ
作詞家で 直木賞作家の なかしに礼さんは 新婚旅行でたまたま 下田の東急ホテルに入ったそうです。そこのフロアのバースタンドには 偶然 石原裕次郎さんが座っていたたそうです。当時 太平洋ひとりぼっちのロケかなんかだったようです。すると、裕次郎さんが 礼さん夫妻の方に指先でおいで、おいで、をしたのだそうです。どうも 暇だったので、フロアで見かける新婚さんの品定めをしていて、礼さん夫妻が一番かっこよいということになったらしいのです。

礼さんは職業を聞かれ、シャンソンの詩訳をやっていると応えたら、裕次郎さんは なんだそんなもの、やめて、日本の歌を作れよ、俺がヒットさせることのできるような歌を、と。とにかく俺の事務所へ遊びに来い、と告げたそうです。

ただ、これを単なる社交辞令ととらずに、なかにし礼さんも 後日試作曲を持って事務所を訪ねたのだそうです。裕次郎さんはしっかり礼さんを覚えていて、専務を紹介し、それを機に石原プロとのつながりが生まれ、その後は 多くのミリオンセラーの作詞をし、レコード大賞を総なめする日本を代表する大作詞家 『なかにし礼』が誕生することになるのです。

こんな 裕次郎さんとなかにし礼さんを ”運命の糸が結んだ瞬間”があったのですね。

だれにでも ”運命の糸が結ばれる瞬間”が必ずあるはずですね 今までも そして これからも・・・・ただ、そこには どんなにささやかでも 夢の実現につなげようとする秘めたる情熱がそっと潜んでいたように思います。なかにし礼さんが こんなことを書いています。

『あなたも夢を見るなら 大きなほうがいいかも
夢見る力で人は あなたも 私も
誰でも なにかになれる』
 

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